濱本耕司(はまもと・こうじ)さん
滋賀刑務所

濱本耕司(はまもと・こうじ)さんは、滋賀刑務所の福祉専門官をされています。福祉的支援が必要な高齢、障害がある受刑者が出所した後、社会で生活できるように、福祉と連携しながら様々な調整や支援をされています。刑務所の社会福祉士として支援を始められたきっかけや福祉専門官の役割、滋賀刑務所の現状等について伺ってきました。
(令和2年10月20日 滋賀刑務所にて)

刑務所の社会福祉士から福祉専門官へ  

大学では福祉を専攻し、法律関係の資格を目指し法律の勉強もしていました。大学院に進学して対人援助を専攻し対人援助に関する研究をしていました。困っている人をワンストップで支援をしたいというのは昔から考えており、法律の側面から人を支援できる部分は多いのですが、そこに福祉が加わると、その人の抱えている課題を総合的に支援していくことができると思い、様々な勉強をしてきました。平成21年度から全国の刑務所に社会福祉士が配置されることになり「今までやっていたことを活かすことができる」と思い、始めたのがきっかけです。平成21年から非常勤の社会福祉士として滋賀刑務所で勤務していましたが、平成31年2月頃に非常勤の社会福祉士をなくし、常勤の職員として働く福祉専門官一本にするという話がありました。当時は刑務所以外でも社会福祉士として働いていたので、常勤の職員になるべきか迷いましたが、すごくやりがいを感じていた仕事だったので、福祉専門官になろうと決めました。 福祉専門官になったことにより、仕事のできる幅が格段に広がりました。今までは非常勤の社会福祉士でしたから、自分で様々な部署と積極的に調整したり、受刑者が働く工場や受刑者が寝食をとる居室棟に行って受刑者と直接話をすることは困難でした。また、ジレンマとしてあった一つが、医務課との調整が困難であるということでした。医務課というのは戒護区域内(いわゆる塀の中で受刑者が日常生活を送る区域のこと。保安区域ともいう)にあって、鍵がないと戒護区域内には入れず、その鍵は非常勤の社会福祉士として働いていた私には貸与されていなかったため、気軽に医務課に行って対象者の医療情報の確認や調整をすることがなかなかできませんでした。また、勤務時間の制約もあって、週3日の半日勤務でしたので、少ない時間の中で業務をしていたことから、福祉的支援の調整が困難なケースもありました。今は福祉専門官となって、専門的な見地から一人で判断できるような立場になり、いろいろな部署と調整をしたり、受刑者や関係部署に話を聞きに行くことができるようになり、受刑者に対してより良い支援や調整ができるようになったと思うので、福祉専門官になって良かったと思います。

滋賀刑務所とはどういう場所?  

滋賀刑務所は専ら初めて罪を犯した人が多く、犯罪傾向の進んでいない刑務所で、満26歳以上の刑期10年未満の男性受刑者を収容しています。65歳以上の高齢受刑者がかなり増えていて、今から10年前と比べると、感覚的には2倍ぐらい増えているという感じです。高齢受刑者で入所されているうちの多くが窃盗罪で捕まった人です。大半が食料品や日用品の万引きで、万引きを繰り返して罪が重くなり、最終的に100円ぐらいのおにぎり1個を万引きして入っている人もいます。滋賀刑務所の受刑者には、高齢受刑者の他、知的障害や精神障害の人もいます。

高齢受刑者が刑務所の生活をどのように感じているか、社会内での生活と比較して「受刑生活は何点ぐらいですか」と聞いて点数化すると、多くの高齢受刑者が100点満点中70点から90点と答える人がとても多いです。場合によっては、死ぬまで置いてほしいと言う人もいます。社会の生活と比べて、刑務所での生活に満足をしている人が多いのが実情です。つまり、社会の中での生活がそれぐらい生活し辛いということなんです。これは高齢受刑者に限らず、知的障害の人もそうです。特に知的障害の人は、自分で判断して何かを決めていくというのが不得意な人もいます。刑務所は、決められた作業や時間の中で生活をしていくので、そういった人にとっては生活しやすい環境であるという実情があります。しかし、刑務所は福祉施設ではないため、このような人達の居場所ではありません。社会の中で健全に生活できるよう、社会での理解や支援が必要なのだと思います。

「社会の中で生活できるように」という考え方への変換   

基本的に、刑務所は、昔は悪いことをしたらこらしめるために入れておくという応報刑の考え方だけでしたが、今では犯罪の責任を自覚させる教育や就労支援などの取組みをしていますが、それだけでは福祉的支援が必要な受刑者の出所後の生活を考えた時には不十分であり、難しいこともあります。受刑者が刑務所に入ると、自発的に何かをすることがなく、決められた中で生活をしていくので、社会に戻っても、自発的に動いたり、SOSを出したり、何かを考え実行していく力が衰えて、だんだんと社会適応力がなくなっていきます。

また、罪を犯すまでに、適切な福祉的支援がされてこなかった人もいます。社会の中でいろいろトラブルを起こしている高齢者を地域の中で持て余していて、どこも引き受ける場所がなかった。福祉がうまく機能していれば、社会の中で、きちんと生活できるような能力が備わっている段階で支援できたのに、刑務所に来てしまっていると、社会適応力がなくなっていきます。

また、出所後は、「一人で頑張りなさい。」と本人の努力に頼っていた現状があります。何も支援がない状況で出所して、「社会の中で自立して、頑張ってください。」と言われても、周りに頼る人もいない、お金もない、体も衰えてきます。仕事をするにしても、給料支払いに必要なマイナンバー、仕事の連絡をするための携帯電話や通帳も必要となってきます。しかし、それらを福祉的支援が必要な対象者一人で行うのは非常に困難です。今までは本人の努力のみに頼って、そのまま出所させていたというのが実情です。反省は一人でできるが、更生は一人でできないとも言われています。だから支援が必要なんです。

それから、刑務所内での矯正教育が困難な人もいます。刑務作業だけでなく矯正教育をしていくことも刑務所の1つの使命です。規律ある生活の維持、共同生活への適応力、勤労意欲の養成、職業的技能及び知識の習得、忍耐力及び集中心のかん養等を目的として組織的に実施していますが、認知症や知的障害の人の中には、口頭で伝えて理解してもらうのがなかなか難しい人もいます。どうしてもそういった方々は内容が理解し難く、置いていかれるという現状があります。本来、必要な教育が十分できていない状況で出所させてしまうことになってしまいます。

最後に、スティグマとアイデンティティ-の固着という問題があります。スティグマというのは「烙印」という社会学用語ですが、自分が犯罪者だという意識が根づいてしまうことがあります。事あるごとに「俺は犯罪者」「ムショ帰りだから」と、社会の中での構成員の一員という意識が低下して社会適応能力が減退していきます。でも、それではいけないということで、応報型司法から修復的司法の考え方に変わっていきました。その中において、罰を与えるだけではなく、本人の社会的な課題をケアして、社会の中で生活できるように本人の抱えている課題を修復していこうというのが、福祉的支援の一環です。

刑務所の生活は自由がなくてかなり苦しいという意見がよく出ますが、これらの方々は「社会に戻ったときに、自由がありますか」と言うと、確かに行動の自由はあると思います。時間の管理もされていない。でも、お金がなかったら、電車に乗れない、自転車もない、好きな場所に移動することすらできないですよね。また、欲しいものを買う、好きな服を着る、食べたい物を食べる、旅行へ行くこともできないんです。自由はあるけど、それが実現できない。反対に刑務所の中では、話し相手もいるし、毎日の食事や医療にも困りません。衣食住は最低限のものがそろっていて、同じ仲間がいるとなると、どうしても刑務所の生活に戻りたくなってしまうということがあるので、社会で生活できるように、滋賀県地域生活定着支援センターと協力して特別調整の対象者に福祉的支援を進めています。

特別調整って何?  

特別調整とは、支援の対象者に、帰住先の確保やその他必要な生活環境の調整や支援を行うものです。受刑者が特別調整の対象になった場合、基本的に帰り先の心配や生活の心配はしなくてもいいという制度です。特別調整の対象となるには6つの選定基準があります。

1つ目は、おおむね65歳以上であるか、又は身体障害、知的障害もしくは精神障害があること。

2つ目は、釈放後に住むところがないこと。

3つ目は、福祉サービス等を受ける必要があると認められること。具体的にどういうことかというと、高齢の人でも中には健康な人もおられます。生活保護だけを受けるのは、これは福祉サービスではない。でも、金銭管理がうまくいかなくて、お金がなくなって悪いことをしたという人であれば、金銭管理に焦点を当ててケアをしないと、また同じことの繰り返しになってしまうので、福祉サービスを受ける必要があるということです。

4つ目は、円滑な社会復帰のために、特別調整の対象とすることが相当と認められること。例えば、「出てから、また悪いことをします。」と言っているような方については、円滑な社会復帰には該当しないということで、対象となりません。

5つ目は、本人が特別調整を希望していること。これが一番大事なんですけれども、無理矢理福祉の支援をすることはないです。基本的には、きちんと本人の同意を取って本人の意思を尊重しています。

そして6つ目は、個人情報の提供に同意していること。

具体的な流れとして、高齢、障害のある人は、福祉的支援の対象にならないかを全員、調査をしています。帰住先がなくて、福祉サービスを利用できないとまた同じように犯罪をすることが懸念される場合には、特別調整の候補者として面接をして、福祉的支援が必要であると認められた場合は、大津の保護観察所に申請します。申請をした後、保護観察官が刑務所へ来られて、受刑者と面接をして、その方が社会の中で福祉サービスを受ける必要があると認められた場合には特別調整の対象になります。認定されたら、その後、滋賀県地域生活定着支援センターに情報がいきます。そこで、だいたい月に1~2回くらい地域生活定着支援センターの相談支援員が面会に来られて「どこに帰りたいか」「今までどんな生活をしていたか」といったことや、支援者のこと、お金のことをヒアリングされます。地域生活定着支援センターに情報提供し、調整をして、出所日にはちゃんと帰る場所がある。その後も、きちんと福祉サービスの利用を続けていけるような環境を整えるというのが、特別調整の概要です。

特別調整を通して見えてきた現状と背景 

現在、刑務所内は福祉施設化、介護施設化、医療施設化してきています。受刑者の医療は、全部、国の予算でみています。介護が必要な人、高齢の人で寝たきりに近い人、認知症で徘徊している人等もおられます。

特別調整の支援の中で、受け入れ先の福祉施設の職員が面会に来られることがあるのですが、最初来られた時は刑務所には怖い人がほとんどだとのイメージで来られるんですけれども、実際に受刑者と会って帰られるときの表情は全然違うんです。「何でこの人が刑務所に入っているんだ。本来なら、入る前にきちんとケアしないといけない方が漏れてここまで来ているんだ。じゃあ、支援しないといけない」ということで、受け入れにつながっていくんですけれども、社会の理解がなかなか進んでいないので「刑務所から返ってきた人=怖い人だ」というイメージがどうしても先行してしまうんです。中には本当に悪い人もいて、矯正教育をしないと凶悪な再犯をする可能性がある人もいるんですが、職員には限りがあり、本当に矯正教育をしないといけない人に手が回らないことがあるのも現状かなと思います。

ちゃんと社会の中での福祉が機能していれば司法まで来なくてもいい人が、中にはたくさんいます。病院や福祉施設では、「ベッドや定員がいっぱいです」と言われたら、それ以上、交渉のしようがないんです。刑務所は「懲役1年6月に処す」と判決が出れば、刑務所は絶対に断ることができずに、どんな人でも受け入れないといけない。社会の中で断られた人の最後のセーフティーネットになっている現状もあります。

それから、社会に自分の居場所がない人たちが増えています。社会の中で孤立した高齢者や出掛ける場所がない知的障害の人もいます。1日のスケジュールを聞いていると、朝起きて、散歩に行って、パチンコへ行って、お酒を飲んで、テレビを見て寝るみたいな生活の方が多いです。でも、この方々に社会の中で何か役割があると生活自体が変わっていくと思うんです。例えば、社会の中で、小学生の見守りやボランティア等、毎日何かやることがあれば、彼らも変わっていく可能性があると思います。施設の生活であれば、毎朝、ご飯の配食や利用者の話し相手等をすると、施設の職員から「ありがとう」と言われることで人に必要とされていると実感できたら、承認欲求が満たされ、やりがいが出てくると思うんです。誰かから必要とされていることは、社会生活をする上でも必要なことだと思うので、彼らにもそういった形での承認や、社会の中での「居場所」や「出番」を作る必要があると思います。

知的障害の人をどう支援するか 

何をもって障害と判断するかは、なかなか難しいと思います。障害者手帳の有無は確認しますし、今までの生育歴の聞き取り等はしていますので、それを踏まえた上で、投薬状況や過去及び普段の生活状況を調査して総合的に判断をしていきます。精神障害者手帳を持っているけれども、他の場面を見たら精神障害の症状がない人もおり、中には生活保護を受給する為だけに詐病で手帳を取得している人物や、詐病を装い手帳取得に付随するサービス目当てで手帳を取得している人物もいることから、いろいろな側面から見て判断するようにはしています。

CAPAS能力検査(注:受刑者のための能力測定検査)は全員受けますが、あくまでIQ相当値を測るもので、主に刑務作業の割り当てに使うので、正確なIQを見るためのテストではありません。CAPASのIQ相当値が本人のIQを正確に表しているかといったら、ちょっと懐疑的な部分があります。

知的障害があるかどうかを見る一つの基準は、本人の書いた文章です。文章を書いた時に、漢字がほぼ使えず平仮名ばかりであったり、文章中の助詞や副詞がきちんと使えてなかったり、短文が多く文章作成が苦手かどうか等を見ます。「この方は、ちょっと知的障害の疑いがあるかな」と思ったら、WAIS-Ⅲ等の検査をして、結果が基準より低かったら、医師と相談します。そして知的障害の判定をしてもらい、療育手帳を取得して、社会の中で生活できるように支援をします。

知的障害の人、特に高齢で知的障害の人は、口頭で何回言ってもなかなか理解してもらえなことが多いです。写真を見せて「こんな施設に行くんだよ」「こんな生活するんだよ」と言っても「分からへん。もう、ええわ」となってしまう傾向があります。結局、「取りあえず、行ってみよう」ということで、出所後にそこへ行ったら「こんな人間らしい生活があるんだ」と言われることもあります。知的障害の方は、過去の体験に捉われたりして、新しい情報はなかなか入りづらかったりすることがあります。別に受刑者に限らず、体験するのはとても重要なことであり、福祉の分野でも、体験利用の制度があると思います。知的障害の人に対して、可能な限り体験利用をできるようにしたいところですけれども、受刑者という立場上、なかなかそれは難しい現実があります。今後、そういう体験ができるようになれば、さらにより良い支援が進んでいくのではないかと期待しています。

プロフィール

濱本 耕司(はまもと・こうじ)

滋賀刑務所 福祉専門官

大学で社会学部に在籍し福祉を専攻。社会福祉士。大学院では博士課程前期に在籍し、対人援助に関する課題を研究。人間科学修士。

 大学の非常勤講師及び医療機関においてマネージメント及び医療ソーシャルワーカーとして勤務。介護支援専門員。平成21年から平成31年3月まで、滋賀刑務所において非常勤社会福祉士として勤務。平成25年から平成31年まで、京都社会福祉士会「司法と福祉委員会」委員長に就任。平成26年から平成31年まで、京都地方検察庁において、福祉アドバイザーに就任。平成31年4月から滋賀刑務所福祉専門官として入職。司法と福祉に関連する福祉的支援を実践している。

 

編集後記

糸賀一雄氏は、重症心身障害児の教育について「ただ、生かしておけばよいのではなく、どのような生き方をしたいと思っているかを知り、語り合い、触れ合い、お互いにより高い生き方へと高められてゆくような指導がなされねばならない」と語っています。今回、濱本さんのお話を伺い、刑務所においてもこの考え方は共通して言えることだと思いました。受刑者は人間であり、特に高齢や障害のある受刑者の多くは社会で本来あるべき支援から漏れて、最後の受け皿として刑務所に来ている人もいます。そこでは、最低限の生活を送ることができるため、刑務所を出たくない人や再犯して戻ってくる人がいる。でも、そうではなくて、社会の中で役割や希望をもって生活できるように、本人と話し合い、必要な支援を整備していくこと、そして住民一人一人が偏見なく互いの居場所を作っていくことが、「互いにより高い生き方へと高められてゆく」ために欠かせないのだと感じました。

(聞き手 佐倉・石田)