【NEW】ハンドメイドブランド兼福祉プロジェクト「Opull」代表 髙田優さん

マフを持って笑顔の髙田さん

作業療法士として病院に勤務された後、現在はフリーランスの作業療法士として活動され、「医療・福祉と、ものづくりをつなげたい」と、ハンドメイド兼福祉プロジェクトを立ち上げた髙田優さん。「ものづくりと役割はひとを元気にする」をテーマに、ワークショップで講師を務めたり、ものづくりのサポートをされています。作業療法士の仕事が、どのように現在の活動につながっているのか、お話を聞きました。
(2024年8月21日・しがケアマフの会@はなやの母屋にて)

 

 

作業療法士として、手芸作家として、作業の力を引き出すお手伝いがしたい!

>作業療法士になりたいと思ったきっかけを教えてください。

 学生時代に陸上をしていたこともあって、漠然と体のつくりや筋肉の働きに興味があったんです。困っている人の役に立つ仕事がしたいと考えたときに、浮かんだのが「リハビリ」で患者さんの力になることでした。理学療法士を目指したこともあったのですが、とある病院を見学させてもらったことがきっかけで、作業療法士を目指すことになりました。

>作業療法士と理学療法士、違いはどんなところにありますか?

 例えば、腕をケガしたとき、曲げ伸ばしができるように動かしたり整えたりするのは理学療法士のアプローチです。作業療法士としても、もちろん体を動かす練習はするのですが、腕が動きにくい状態で、どうしたらその方の望むしあわせな生活ができるかを考えて、工夫したり一緒に練習したりとお手伝いするのが作業療法士です。その手段として、ものづくりや手芸を使うことも多い仕事です。

>どんな症状の患者さんが多いのですか?

 本当にさまざまです。認知症の人、骨折した人もいるし、脳梗塞とか脊髄損傷、精神障害や発達障害の人もいます。リハビリして目指している生活は、それぞれ違うので、その人が何を大事にしているかを知ることから始まります。「何ができるようになりたいですか?」と語りかけると、「仕事に行きたい」とか、「子どもたちにご飯を作ってあげたい」とか、想像していたこととは全然違う答えが返ってくることもあります。その思いを実現するために、歩く練習、手を使う練習、道具を使う練習、頭を使う練習、いろいろなアプローチをします。その人のもつ可能性を少しでも多く引き出せるようにすることが大切です。

>患者さんの内面を知ることで、根本的なニーズを探るわけですね。

 そうです。「手が動くようにしたい」と話す方に、もう少しお話を聞くと、「昔から子どもに服を作っていた。孫ができたから、孫にもなにか作ってあげたい。だから手が動くようにしたい」という思いが分かったこともあります。「何をするために手を動かしたいのか?」を知ることで、手の運動はもちろん、うまく動かない場合には代替手段を提案することも、作業療法士の役割です。その人のことを知り解決策を考えることは、すごくおもしろい仕事だと感じます。

ワークショップでマフを編む髙田さん


ものづくりをきっかけにして、なりたい自分になれる社会を目指したい

>魅力を感じていた病院での作業療法士を辞められて、今の活動を始めたのはなぜでしょう?

 ある患者さんが、「退院しても仕事に行けへん。デイサービスも行きたくない。何もすることがない」と話されました。後遺症が重く、確かに仕事に行くことは難しいのですが、工夫次第でできることはたくさんある方でした。以前より、仕事や役割をもつことは、元気にくらすために大切なことだと考えていたので、「こういう方が、仕事に行けなくても、自宅やデイサービスで仕事や役割をもってもらえるようにできたらいいな」と考えたのが、最初のきっかけです。 ただ、病院や施設の現場は、毎日の仕事がめちゃくちゃ忙しくて、目の前にいる患者さんの話に耳を傾けて、ゆっくり能力を見極め、仕事や役割をお渡しする時間はなかなかとりにくいのが実情です。それなら、いっそのこと病院を離れて、外部から病院を訪れ、患者さんにじっくり向き合う作業療法士がいてもいいんじゃないかと考えたんです。あまり聞いたことがないやり方だったのですが。患者さんの仕事や役割を考える手段としては、「ものづくりワークショップ」を持ち込んで訪問する方法を考えました。



>フリーの作業療法士といった立場でしょうか?

 私の理想や、やりたいことを考えると、そういう仕事になると思いました。たくさんの医療・福祉従事者の方に思いを語ったら、そこでも「ええやん」って言ってもらえたことが自信になりました。「ほなら、やるわ」と言って始めたのが今の活動です。ものづくりをきっかけにして、なりたい自分を目指せる社会にしたいという思いで始めたことが、少しずつ広がってきている段階です。想像していた以上に、私がやろうとすることに興味や関心を持ってくれる人がたくさんいました。おかげさまで、いろんな福祉サービスに呼んでもらえるようになってきました。

 

>ものづくりをテーマに選んだ理由はありますか?

 その人を知るためのツールとして、ものづくりはとても有効なんです。何かを一緒に作っているなかで、手の動かし方を見たり、ものの考え方を知ることで、その人の特性や個性がわかります。そこで得た「この人はこういう作業が楽しそうですよ」「こんな工夫をすればできましたよ」という情報を、支援者さんにも伝えるようにしています。 

 

>ものを作ることで、喜びを感じる人も多いのでは?

 ものづくりは、自分のやったことが形になるので、やりがいを感じてもらえています。作業療法をしていると、人が生きていくなかで、何を大事にしているかを考えることが多いんです。育児を生きがいにしている人、趣味を生きがいにしている人、いろいろな人がいるのですが、やっぱり、仕事や役割を生きがいにしている人が多いと感じます。ただ、病気やケガをしたために、仕事や役割を喪失している人は多いです。そこで、私の手芸作家としての作品作りの一部を、仕事としてワークショップの中で提供することもしています。そこに、謝礼としてお金を渡せると、さらにやりがいを感じてもらえるようです。その仕事が終わったときに、心からの「ありがとう」を伝えることも大事です。心から「ありがとう」と言ってもらえる仕事ができて、その人は本当のやりがいを感じるし、もっと頑張って取り組もうと思えるんです。

 

>髙田さんがマルシェなどで販売しているポーチやブローチ、かごなどを見ると、商品としての質がとても高いと感じます。

 福祉が関わっているいないにかかわらず、手にしたときに「いいな」って思ってもらえるものに仕上げること、美しさとか完成度にこだわることは、私自身がすごく大事にしています。ものづくりワークショップでも、その方の能力の高い、低いにかかわらず、取り組む人のなかで最大限、美しく仕上がるものを作れるように、難易度や環境の調整をすることを心掛けています。私自身が、美しく仕上げる技術を磨きたいと強く思っていることから、手芸作家としても活動している感じです。

 

 

ワークショップで編み物をする髙田さん

認知症マフを滋賀で広める取り組み、アップサイクルを活用するこだわり

>現在の活動の1つに、認知症マフをワークショップで作ったり、広めるという取り組みがありますね。どういった経緯で始められたのでしょうか?

 認知症マフに関しては、まったく違うベクトルから始まった話です。埼玉の看護師さんがネットで認知症マフを紹介しているのを見て、滋賀では認知症マフを広める活動をしている人がいないと知ったんです。「これは、私が今、やらなあかん気がする」と思って、ケアマフと名付けて、“しがケアマフの会”として活動を始めました。認知症マフは、イギリスが発祥のケア用品で、認知症の人が筒状のマフに手を入れて過ごすと、心が落ち着くというものです。筒の中に、その人が好きな動物の人形や、丸く編んだものを入れるなど、いろいろな工夫があります。活動を続ける中で、滋賀県でもケアマフに興味を持ってくださる方が増えてきていて、実際に日常的に活用されている例も増えてきています。また、「何か世の中の役に立ちたい」、「手を動かす時間がほしい」という編み物が好きな方たちには、マフを作ることでやりがいを感じてくれたらいいなと思って制作を続けているところです。

色とりどり、様々なモチーフのマフの写真

 

>“しがケアマフの会”の活動も見学させてもらいましたが、皆さん、編み物をしながら会話がはずんだり、職場での活用のアイデアを出し合ったり、認知症マフを編むことで、生まれるつながりがありそうですね。

 編み物をしていると、皆さん、めっちゃ会話が弾むんです。私は、そんな会話に聞き耳を立てていて、活用のヒントなどをたくさんもらっています。マフづくりを通じて、コミュニケーションやコミュニティの大切さを実感しているところです。

 

>ものづくりに取り組むなかで、こだわっていることはありますか?

 ものづくりや、マフを編む際、材料がアップサイクルであることをすごく大事に考えていて、こだわっています。端切れとか使われなかった布とか、大量消費する中で余って捨てられてしまうものを活用しています。私自身、子どもが生まれて、地球の未来についても考えるようになりました。暑すぎる夏とか、不安なことがたくさんあります。医療現場では清潔さが求められるので「もったいない精神」は持ち込みにくいのですが、取り組めることもあると思っています。アップサイクルで、こんなにかわいいいものが作れるよ、わざわざ買わなくても、ここにある材料を使って作ってね、と提案するようにしています。

 

>最後に、髙田さんが目指す今後の活動について教えてください。

 自分の中で芯はしっかりと持っていて、「私は作業療法士です」と、めっちゃ言うようにしています。私は「種まき」という言葉が好きなんです。医療・福祉従事者のみなさんは、忙しくて常にルーティンワークに追われています。私のようなちょっと変わった活動をしている人がそこに行くことで、新しい視点という種が蒔かれて、うまくいけば芽が生まれます。これからも、私はそういう種まきをポコポコして、少しでもお役に立っていきたいと思っています。

プロフィール

髙田 優(たかだ・ゆう

ハンドメイドブランド兼福祉プロジェクト「Opull」代表

ものづくりと役割はひとを元気にする」をテーマに、作業療法士兼手芸作家として地域で活動。”Opull”の屋号で、医療福祉の場や地域の場でものづくりワークショップや商品販売を行う。手編みのケア用品を作るボランティア”しがケアマフの会”も運営している。

 Instagram 
https://www.instagram.com/opull.sishu.tesigoto/
 連絡先 
opull.sishu.tesigoto[at]gmail.com
([at]を@に変換してください)

編集後記

糸賀一雄先生は、その著書『福祉の思想』のなかで、リハビリテーションを予防、治療ではない、新しい医学と紹介して、こう述べています。

「心身に障害を持っているひとたちが、リハビリテーションの各分野の活動に支えられ、社会のあたたかい受け入れの好意に包まれるとしても、なお、絶対的に必要なのは障害者自身の自立への意欲である。(中略)見る目には痛々しい苦闘の連続であるが、やり遂げていく戦いの過程に、大きな喜びが秘められているように思われる」

作業療法士として「包括的にその人を見られるようになりたい」と考えた髙田さん。目の前の患者さんの「こうしたい」という声に寄り添うことで、一石を投じています。

(聞き手:井田・赤澤)