田中孝史さん チームエンパワーメント代表

様々な個性を持った人たちが、お互いを尊重し、必要に応じて助け合いながら、誰もが安心して住みやすいまちづくりを目的として活動する団体「チームエンパワーメント」。代表の田中孝史さんに、活動に取り組み始めたきっかけや、活動を通してめざすまちの姿などについて伺いました。
(2023年2月15日 社会福祉法人グロー法人事務局にて)

友だちに頼まれて始めたDJ

>田中さんは作業療法士として働いておられますが、この道に進もうと思われたきっかけは何だったのですか?

僕は、父が公務員、母が看護師という家庭で育ちました。幼少の頃から「家族の期待に応えたい」という思いがあって、でも僕は学生時代の成績が良くなくて、いい大学、いい高校へ行くという親の期待に応えられず、自己肯定感が低くてどん底の青年期を過ごしました。母の影響もあって作業療法に出会うのですが、すると、目の前にいる人から自分が必要とされているという経験をしたのです。もちろん、成功や失敗を繰り返しながらではありましたが、「自分にもやれることがある」「人の期待に応えられる」職業だと感じ、今に至っています。

>そんな田中さんは、DJとしても活動をされているとお聞きしました。そのきっかけは何だったのですか?

DJとしての活動は、ちょうど2000年頃、ラップをしている友だちに頼まれたのがきっかけです。ヒップホップでは、歌っている人の後ろでDJがいるスタイルが王道で、「後ろで音楽かける人がいないとかっこ悪いからやってくれへん?」と頼まれて。自分はもともと表に出るタイプではないのですが、「僕にできることならいいよ」と引き受けました。そうしたらあっちでもこっちでもやってほしいと声がかかるようになりました。もともと自分も音楽は好きでやっていて、音楽には人を喜ばせることができる可能性があるということは感じていたので、目の前の人、お客さんが喜んでくれるのが嬉しくて続けていました。

作業療法士でもありDJでもある田中さん(DJ MINIYON)

ヒップホップは「まちづくり」

>田中さんの音楽のベースは、ヒップホップなのですか?

そうですね、ヒップホップというのはもともと貧困地区で生まれたものなのです。治安が悪く、生活環境が整っていないところで。でも、人が音楽を頼りに集まる。お金はないけれど音楽はある。だからそこにいろんなメッセージを込めて、人と人が伝え合うというのがヒップホップで、他にはないその人ならではの歌詞が生まれるんです。確かに一般的ではないかもしれないんですけど、僕はそんなヒップホップは単なる音楽というよりは、生きざまとして、本当にかっこいいと感じます。そして、ヒップホップは音楽としてもかっこいいのですが、「まちづくり」だと思います。

>ヒップホップは「まちづくり」と言いますと?

一人じゃなく、自分だけじゃなくて、みんなと一緒に作っていこうという要素がヒップホップにはあるのです。それは、結局「まちづくり」なんだと僕は思うんです。未来に向けて、みんなで幸せになろうよ!というメッセージを発信していく文化がある。だから、本当にかっこいいなと思っていて。

「医療介護福祉をポジティブに」をコンセプトに活動するアーティストグループ『EMPOWERMENT RECORDS』

音楽の力で、医療・介護・福祉をポジティブに

>『EMPOWERMENT RECORDS』の立ち上げについて教えてください。

2018年の秋ぐらいに、『EMPOWERMENT RECORDS』を立ち上げました。
世間的には、医療・介護・福祉というのは“きつい”“大変”というイメージが強くありますが、僕は確かにそういう部分はあっても、それだけじゃないと感じていて。本当に“きつい”“大変”だけだったら、誰も働いてないじゃないですか。20年近くDJの活動をしていて、医療・介護・福祉で働きながら、同じように音楽をやっている全国の人に出会い、話をする中で、音楽の力で、医療・介護・福祉のイメージをポジティブに変えたいということに至ったのです。それを誰がするのか?ということを考えた時、福祉の現場で働く本人たちの声と、障害のある当事者が入って声をあげたら伝わるのではないかなということになり、『EMPOWERMENT RECORDS』という医療・介護・福祉の従事者プラス当事者の音楽グループを作りました。
服屋さんで働いていたら「ショップ店員をやっています」、IT関係の人だったら「僕はIT関係をやっています」と、自信を持ってしゃべってくるじゃないですか。僕らだって、自信を持って「福祉の仕事をやっています」「介護の仕事をやっています」と言わないといけないと思っています。社会に必要な仕事としての認知はされています。でも、それだけではなく僕は医療・介護・福祉をかっこいいと思っているし、素敵な仕事だと思っています。福祉や介護の現場の人って、「仕事、どう?」と聞かれると、「結構大変で」と答えてしまうことが多いですが、プライドや自信を持って前向きにプレゼンすることで、次につながる医療・介護・福祉の先があるとは思います。

まちの支え手を増やしたい……『I WILL HELP U』プロジェクト

>新たにスタートされた『I WILL HELP U』プロジェクトについて、始められた理由を教えていただけますか。

『EMPOWERMENT RECORDS』は、医療・介護・福祉の魅力を発信していく中で、医療・介護・福祉という専門職を増やしたり、自信を持たせるということを願って取り組んでいたのですが、それだけじゃ足りないと感じるようになりました。少子高齢化の中、絶対的に必要なのは専門職だけでない“まちの支え手”であり、まちの人たちを支え手に変えるシステムを作らないといけないと思ったのが『I WILL HELP U』プロジェクトをスタートした理由です。チームエンパワーメントの大きな目標は、地域共生型社会の実現で、その支え手を増やすという目標で取り組んでいます。
日々、僕の目の前では利用者さんがリハビリしておられます。この人たちは、病気したのに良くなろうと頑張っておられるのです。その人たちに対し「さぁ、もっと頑張ってリハビリしよう」というのは何か違うなと感じていました。もちろん、必要だからやります。けれど、周りの支え手が変われば、この人はもっと生きやすくなるのではないかなと思うようになったのです。そう考えると、リハビリの対象はこの人だけなのではなく、地域だったり、この人と関わる全ての人ではないかなと考え、地域に目が行くようになったんです。「誰でも支え手になれる地域」というふうに。
だから、『I WILL HELP U』プロジェクトは、結局、僕にとっては作業療法なんです。僕は、この人の幸せのためにとか、誰かの幸せのためにというより、「これは自分の仕事だ」と思っています。いろんな枠組みを超えて誰かのためにやることは、「結果として作業療法をやっている」というだけなのです。

>作業療法は、深くて広いですね。

そうなんです。
世の中を眺めてみると、ヘルプマークとかマタニティマークという「手伝ってほしい」人からの発信の仕組みがあるけれど、「手伝いますよ」という交差点がないなと思って、『I WILL HELP U』を作ろうと思いついたのです。ロゴのUは“You”、あなた。あなたが笑顔になる活動ですという意味で、Uが笑顔になっています。
「これを持っても私にできることなんてないから」と言う人がいます。それは事実で、このマークを付けたからといって、大きなことができるというわけではない。けれど、「気持ちが変わっていった」という反応をよく聞きます。何か手伝えることないか?支えることがあるか?と考えるようになったと。そして、何かあったら自分が駆け付けようというスタンスに変わっていったと。だから、自分のそのスイッチを入れるために、まずは『I WILL HELP U』マークをつけてもらいたいなというのが今思っていることです。
いつか、助け合うことが当たり前の世の中になったら、このロゴをみんなで燃やして、なくそうというのが僕のゴールです。

『I WILL HELP U』のロゴマーク

人は、しあわせを作ることで満足して生きられる

>今、日本は暮らしに対する満足度が低い社会と言われていますが、どのように感じていますか?

昭和の時代は「ものを作れば作るほど豊かさやしあわせを感じる」と考えられていました。今がどうかというと、確かに一定層はしあわせを感じつつ、でも、満足度が上がっていない人たちもいる。つまり、人はものだけではしあわせになれないのです。
最近僕が一番大事にしているのは、「自分の人生は誰かの人生の一部」ということです。そもそも自分にはどんな価値があるかなんて誰もわからないけれど、相手にとって僕ができることで応える中で、自分はどうして必要とされているのかわかってきて、逆に自分のこともわかってもらえるチームができる。自分のことをわかり、必要としてくれて、助けたり助けられたりする。こんなチームが地域の一人ひとりにあれば、本当にしあわせな世の中だと思います。
僕は、「支えられる立場の人」と言われる人も「支え手」になると思っています。例えば、八幡堀で車椅子の人が座っているとします。この人は、周囲の道やお店にとても詳しくて、「そこへはこの道を行ったらいいよ」「あそこのごはん屋さんがおいしいよ」と、周りの人に声をかけて人に喜ばれる。すると、足が悪くても自分の得意を生かして自分の役割があると感じると思うんです。
人は、加齢とともに体力や気力が落ちてくるのが当たり前ですが、落ちてくるからこそ助けてくれるチームができます。だから、今、自分がやっていることは将来の自分にもつながると思っています。

むすびフェス&マルシェvol.3(音楽フェス×マルシェ×医療介護福祉フェス)2022年12月

人と人の交差点を、滋賀で作る

>田中さんは、フェスやイベントの企画もされていますよね。

僕は、素敵な人たちが集まって、出会って、それぞれ持っているものを出し合い、重なることで、絶対におもしろいことが起こると思っていて、だからマルシェやフェスをやっています。ある意味、マルシェは僕の理想のまちづくりです。音楽があって、美味しいものがあって、人と人の交差点ができる。そこには学びもある。
今の活動は、ほぼ滋賀でやっています。僕は彦根に住んでいますが、僕たちの作ってきたものが足跡となって残り、まちが良くなって、将来子どもたちが大きくなった時、「お父さんたちがやってくれたことが今につながっているんだ」と言われたいなと思ったりします。安心して、自分の役割を感じながら人が生き生き暮らす社会を作りたいですね。
最近、僕の活動をテレビや新聞で見て、「あいつもがんばってるんやな」とおやじが言っていた、というのを母親から聞きました。幼少期の経験から、実はとてもネガティブな自分が、でも人に必要とされている。そんな姿を見て、「少しは親の思いに応えられたかな……」と考えると、根底のところでは自分のためにやっている活動なんだと思います。

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@iwillhelpyou_2022 (I WILL HELP U)

プロフィール

田中孝史(たなか・たかし)

 

作業療法士。チームエンパワーメント代表。音楽を通し、「人・心・環境のバリアフリーな街に」を目指したプロジェクトを展開。年齢や性別、障害の有無などの隔てのないイベントを企画し、様々な人たちの「交流の場」作りに取り組んでいる。

 

編集後記

作業療法はもちろんのこと、音楽やマルシェ、『I WILL HELP U』プロジェクトなど、田中さんの活動は多岐にわたりますが、すべてを結んでいるのは、みんなが幸せになれるまちづくりなのだと感じました。必要な時に助け合えるチームが地域の中にあることで、自分も相手も幸せになれる。そのようなチームがすべての人にあるような社会を目指して活動されています。それは、すべての人は社会的存在であるということを前提とする糸賀思想に通じる実践でもあります。
「福祉の仕事はかっこいい。だから発信したい」と語る田中さん。福祉とヒップホップが実は根底でつながっていて、「みんなで幸せになろうよ!」というミッションを持つといったところに、普遍的なかっこよさがあるように思いました。

(聞き手:石田・藤田)