「毎日が、ちょっとだけ、変わる コドモフク」。そんなキャッチフレーズで、点滴や車いす、医療的ケアなど、様々なニーズを持つお子さんのための衣類を販売するオンラインショップ「ひよこ屋」を運営する岩倉さん。ショップの開設から10年が経ち、最近では、感覚過敏のお子さん向けの靴下の販売も始めたそうです。そんな岩倉さんに、起業当時の想いや苦労など、様々なエピソードを伺いました。
(2022年6月28日 オンライン)
24時間の病院付き添いで置かれた状況
>オンラインショップを立ち上げようと思われたきっかけを最初に伺ってもいいですか?
自分の息子が、生後6か月の時、感染症で急に入院をして、私も付き添ったのがきっかけです。
その後も入院が続いて、息子は1年半で6回の入退院を繰り返しました。そのたびに24時間の付き添いです。病室で朝を迎え、私の夫や実母と交代しながら、病室から会社へ行く生活でした。
>お子さんが入院して、家族が24時間付き添うときって、お母さんはどんなふうに病室で過ごすものなんですか?
子どもには、もちろんベッドが1台確保されますよね。でも母親は患者ではないので、寝る場所がないんです。うちの場合、まだ乳幼児だったので、子どものベッドで添い寝をしていたんですけど、「絶対に目を離さないでください」と言われ、「じゃあ、トイレとか、ご飯とかどうするのかな」みたいな感じで(笑)。
子どもなんて、元気に普通に育っていくものだと思っていたんですけど、ある日突然、「病気です」となった瞬間に、想像もしない世界にポンと放り込まれたような気持ちでした。
「点滴したまま着替えってできないんだな」
>当時振り返って洋服関係で何か困り事とか、大変さがあったのはどんな部分だったんですか?
これも本当に想像していなかったんですけど、子どもが24時間点滴治療になったので、そうすると「点滴したまま着替えってできないんだな」というのに初めて気が付いて(笑)。
>点滴からの着替え、考えてみると、確かにそでが通らないですね。
そうなんです。でも吐いたりとか、点滴の影響でおしっこが増えたりとか、普段以上に服が汚れるんです。ただでさえ体調悪くて入院しているから、気持ちよくしてあげたいんだけど、いちいち看護師さんを呼ばないと着替えすらできなくて。
その他にもいろいろ不便はあって、「病院に付き添い者用のご飯を届けてくれる業者さんがあったらいいのにな」「親が快適に夜寝られるような簡易ベッドがあったらいいのにな」とか、思いついた「あったらいいのに」をツイッターで呟いていたんです。そしたら、知り合いではなかった、あるデザイナーの方から「洋服のことなら力になれる」と返事があったんです。すごい偶然ですよね。
>ネットショップを立ち上げようと決め、実際に立ち上げるまでには、どんな苦労がありましたか?
経験もなければ、人脈もお金もない状況で、「ネットショップで、子ども服を」とだけ決まっていました。それで、「まずは最低限、ネットショップの環境と、そこで売る商品を作らないといけないんだな」というところから始めて。
副業でもできるかと思っていたんですけど、時間的な制約もあって、ショップの制作は業者さんにお願いをしました。すごくいい方に出会えたんですが、「じゃあ、お店の名前、何にされますか」と言われて初めて、「そういえば、決まってないわ」と気が付くような状況でした(笑)。
デザイナーさんもすごくいい方で、一生懸命やってくれて、一応オリジナルの商品が1つできました。
今でも忘れない、初めて商品を買ってくれたお客さん
>最初のころは、どうやって広報をしていたんでしょうか?
最初は楽天とか、ああいうところに全然出していなくて、ネットショップをポンと開いただけだったので、売れるまでに時間がかかるんだろうなと思っていたんです。
でも奇跡的に、オープン日に1着買ってくださった方がいて。オムツいじりや脱衣に対応したつなぎタイプのパジャマでした。よく覚えているんですけども、かわいらしい女の子のお母さんで、しかも買った商品をブログに上げてくださったんですよ。
だから「こうやって買ってくださってるんだ」というのがわかって、それはすごく印象に残っていますし、やってよかったなと初めて思った瞬間でした。最初は本当に、ひとりよがりで終わっちゃうかもしれないと思っていたので(笑)。
「自分の働き方として果たしてこれでいいのかな?」
>少し話が戻りますが、そもそも、前職をやめて起業することは勇気が要ったと思うのですが、当時はどんな心持ちだったのでしょう?
息子の入院に付き添っているときは、土木関連の設計事務所でフルタイムの仕事をしていました。だから毎回、急に「息子さん、今日から入院です」と言われると、「でも明日、私、案件締め切りなんだけど……」みたいなことが頭をよぎったりとか。
でも「このまま、もし今回の入院で子どもが亡くなったら、たぶんお葬式で仕事の締め切りのこと考えてるんじゃないかな?」と思って、働き方を変える必要があると気づきました。
同じタイミングで、自分と同じように困っている親御さんがいるとわかったので、それを仕事にしつつ仕事のリズムも変えようと思って。自分にとっては自然な選択だったかもしれません。
>基本は、新型コロナウイルスの流行が始まってから在宅ワークとおっしゃっていましたが、それまではコワーキングスペースでお仕事をされていたと伺いました。
起業する女性を応援するセミナーに行ったら、受講生の中に、コワーキングスペースをオープンするという女性がいたので、「じゃあ、私もそこに入居するわ」という感じで、そのまま今もそこで仕事をしています。
>コワーキングスペースで働くメリットや魅力はどこにありますか?
そこのメンバーは、直接ビジネスのパートナーになるわけではありませんが、皆さん互いの事業の成功を応援、肯定してくれる空気があって。起業してやっているとなかなかうまくいくことばかりではないんですけど、ちゃんと安心できる場所があるのは大きかったですね。
感覚過敏のお子さんは「靴下のソムリエ」
>今、力を特に入れている商品など、あったりしますか。
これまで、肢体不自由さん向けの商品を多く扱ってきたんですけど、最近は発達障害の方向けの商品も取り扱い始めまして、特にニーズが大きかったのが靴下でした。
>靴下、ですか。
足先に縫い目があるのってわかりますか?普通は意識しないような縫い目ですけど、感覚過敏のお子さんの中には、あの縫い目が気になって履けない子がいるんですよ。靴下がはけないので、学校にも行けなくなるとか、毎朝30分かけて靴下を履くとか、お母さんと毎日履く、履かないでバトルになるとか。
そこを何とかできる商品はないのかなと探したら、イスラエルにあったんですよ。じゃあうちでも、と思って販売をしたら想像以上に好評で。私が見てもわからないんですけど、感覚過敏のお子さんが履かれると「全然違う、これなら履ける、これしか履けない」という声をいただいて。
他にも、「これ履いて登校できるようになりました」「毎日喧嘩してたストレスから解放されました」「毎日泣きながら履いてた靴下がうそみたい」と嬉しい反応が続出でした。
>すごい反響ですね。そんな風に困っている子がいるとは想像もつきませんでした。
感覚過敏のお子さんたちって靴下のソムリエさんみたいな感じなので、同じメーカーさんから色違いの靴下を購入してもらった方に、「この前白を買ったときは大丈夫だったけど、ピンクは駄目だった」と言われたこともあります。
なぜだろうと思ってメーカーに問い合わせたら、実は色によって作っている工場が違ったとわかって。その違いを、足先で感じていたんですね。本当に、すごいと思う。
>こういうことって、今まさに困っている人にとっては、とっても必要な情報ですよね。
はい、そういうことを身近に関わっている親御さんや支援員さんがちょっと知っているだけで、靴下の選び方とかも変わると思っていて。リハビリとか療育とか、専門的な部分はノウハウが溜まっていたりするけれど、生活に振り切った情報ってあまりないんです。それをカバーしていくのも、うちの役目かなと思っています。
徐々に知ってもらってきて今がある
>立ち上げて10年たって、たくさん商品のラインナップも、知ってくださっている方も増えたと思います。これから目指していることなどありますか?
検索キーワードもないところから始まった事業ですが、10年たって少しずつ状況が良くなってきた感じがします。ネット環境も整ってきて、購入される親御さんが情報にアクセスすることも簡単になってきた。もっと存在が広まって「そういう子ども服があるんだ」ということがだんだん認知されれば、「そうか、調べればあるんだ」と思ってくださいますよね。
そこに行くまでの時間と認知度は、右肩上がりに正比例しない気がして。やっぱりこういう商品は口コミが大事で、使ってもらった人が「こんなにいいものがあるんだ」と思ってくれれば、人に言いたくなるはず。そういう連鎖で、もっと多くの人に届けていけたらと思っています。
岩倉絹枝(いわくらきぬえ)
コドモフク ひよこ屋 代表
息子の入院をきっかけに、病気や障害のある子どものための介護用子供服のネットショップを立ち上げる。国内外からデザイン性と機能性に優れた商品を集めて販売するセレクトショップとしてキッズデザイン賞2020受賞。現在は子供服を通した発達障害へのサポートにも力を入れている。
編集後記
岩倉さんはインタビューの中で「自分は福祉領域で仕事をしている、という自覚はないんです」と仰っており、その岩倉さんのスタンスこそが、ひよこ屋を開かれたものにしていると感じました。一方で、入院中の体験に基づいてTwitterで「あったらいいのに」を呟いたことがきっかけになり、自力でオンラインショップを経営するまでに至る覚悟や思い切りは、まさに糸賀一雄の言う「自覚者は責任者」を体現するようにも思えます。その投稿を偶然見つけたデザイナーとタッグを組んで、店舗を持たないショップを開設したプロセスはとても現代的ですが、そこには「少しでもいい暮らしを届けたい」という、いつの時代にも変わらない価値があると気づきました。
(聞き手:御代田・石田)