一人一人に必要な支援を必要なだけ
おうみ犯罪被害者支援センター
(Omi Victim Support Center)【後編】

事業所訪問の第2弾は、公益社団法人おうみ犯罪被害者支援センター(以下、OVSC)です。
「犯罪の被害にあわれた方が孤立して苦しむことのない社会を」という願いから平成12年に滋賀県下で初めて設立された犯罪被害者を支援する法人です。
OVSCは滋賀県庁前に位置する滋賀県厚生会館の1階にあり、JR大津駅から徒歩10分圏内のアクセスしやすい場所にあります。
OVSCは事務室、電話相談室、研修室、相談室に分かれています。中でも被害に遭われた方と最初に出会う相談室は人目を気にせず出入りできる独立した造りになっており、白を基調としたインテリアで、花や絵が飾ってある非常に落ち着いた空間となっています。

前編はOVSCの取り組みについて紹介しました。後編は性暴力の被害に遭われた方をワンストップで支援する性暴力被害者総合ケアワンストップびわ湖(以下、SATOCO(サトコ)の設立の経緯や活動内容について、理事・支援局長の松村裕美(まつむら・ひろみ)さんにお話を伺ってきました。
(令和2年2月26日 おうみ犯罪被害者支援センターにて)

性暴力被害者総合ケアワンストップびわ湖(SATOCO(サトコ))について 

(1)SATOCOの開設のきっかけ

突然の電話でした。震える声で「娘が性被害に遭いました」と。

被害にあった娘さんは不安定になっていて、警察でいろいろ聞かれても、混乱していて話がうまくできない状況でした。

警察に行くたびに、もちろん説明はされていたのだと思いますが「ここに署名して」「ここにハンコを押して」と言われ、本人は意味が分からないままにいろんな書類にサインしているうちに、「これは被害ではない」ことになっていました。

それで、弁護士に相談して、本人の強いご希望もあって、事情聴取のやり直しになりました。

私はその時が初めての「警察への付き添い」でした。被害者は警察官から事細かに事件のことを聞かれました。もちろんそれは「事件として成り立つのか」「犯人を逮捕するために」「起訴して裁判にできるのか」など、とても大事なことなのです。でも被害者にとっては何度も聞かれて、何度も話さないといけない辛い時間でした。

そして調書ができたら、次に現場再現をします。警察の広い部屋に被害現場を作って、被害者役には等身大の人形、加害者役は警察官です。

供述書の通りに、「ここで押し倒されました」などの状況を人形と警察官で再現して、一枚一枚写真を撮ります。私は被害者に付き添ってずっとそれを見ていました。人形を見ながら「私…あんなことをされてたんや…」とつぶやいた被害者の言葉は忘れられません。

その後、性被害の相談が増えてきたこともあって、相談員の研修会で産婦人科医師に来ていただきました。医師は、被害直後に運ばれてきた女性の事例を話されました。

診察台で全身をていねいに診ます。どこに唾液がついているか、どこに傷がついているかなどを確認し、加害者が残した証拠を採取します。その間、被害女性は、泣きもせず怒りもせず、感情を全てフリーズした状態で、男性医師の診察でしたが、声も出さず何も言わなかったそうです。性感染症検査もして1~2か月経過して、医療ができることは全て終わりました。「この後のことはOVSCが支援してくれるからそこに相談してください」と紹介したけれど、結局OVSCに電話はありませんでした。

被害者は「やっと終わった」と思っているのに、知らないセンターに「実は私はこんな目に遭いました」なんて言えない。多くの人は「もう終わったので忘れてしまいたい」「思い出すと被害にあったときに引き戻される」との恐怖を感じているのです。

そんな状況の中、性犯罪被害者のワンストップ支援センター設立の話がありました。南草津野村病院の野村先生から、「滋賀県にもワンストップ支援センターをつくろう」と連絡をいただき、準備を始めました。

当初は病院とOVSCの二者で検討していましたが、ワンストップでの支援には警察の協力が欠かせません。警察署には管轄があります。例えば湖北や湖西の被害者が「南草津の専門の病院に連れて行ってほしい」と言っても管轄外の病院には行けないのです。被害者が「近くの病院で早く終わりたい」と言われたらそれでいいけれど「近所の病院では、知っている人に会うかもしれないのでSATOCOの病院に行きたい」と希望されたら、そうできるように特別な配慮をしていただきました。そして医療費、スタッフの人件費、広報啓発費など支援体制の基盤や運営のために、滋賀県にも入ってもらいました。

このようにして、OVSC、滋賀県産婦人科医会、滋賀県警察、滋賀県の四者が協定を結び、平成26年、滋賀県における性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターとして「性暴力被害者総合ケアワンストップびわ湖(Sexual Assault victim TOtal Care One stop BIWAKO:SATOCO())」が開設しました。四者が協定してワンストップで支援をするシステムは全国で滋賀県が初めてです。性被害の実態から、相談は24時間受け付けないと意味がないということで、SATOCOホットラインは24時間365日いつでもつながります。また、警察への届出は本人の意思が尊重されます。すぐに決められなくて迷っているときでも証拠はデータにして科捜研が預かってくれます。

また、警察への届けを出せば初診料や診察・検査費用などは公費で受けられることになりました。
SATOCOホットラインの紹介は、SATOCOのホームページや、街頭啓発などで「SATOCOは365日24時間相談を受けています」と広報をしたり、お店や駅の女子トイレにSATOCOのシールを貼っていただいたりしています。

SATOCOのシンボルマーク
SATOCOのシール

(2)SATOCOの24時間ホットライン

SATOCO のホットラインは、24時間365日SATOCOの病院のSANE(Sexual Assault Nurse Examiner :以下SANE)につながります。※SANEの詳細は(3)で説明

ホットラインでは「緊急か、そうではないか」を判断します。

緊急の場合は「今から病院へ来られますか。待っているからね。駐車場に着いたら、私が迎えに行くからもう一回電話してきてね」と診察を促します。

「過去の被害を思い出して眠れなくなりました」「これは被害なのかどうかわからないのですが…」のような相談もたくさんあります。そういう場合は、「OVSCに連絡しておくから明日の朝10時になったら電話してくださいね」と伝えます。

このような緊急以外の相談内容は、OVSCに「明日の朝、電話があります」と連絡が入ります。また「病院では全部処置が終わったので、次は弁護士相談を希望されています」というように支援の連携をしています。それによって被害者は「病院を卒業してOVSCに進んだ」「次へのステップ」の実感を持てるのです。 他府県のワンストップでは「女性からの相談のみ」というところが少なくありません。「彼女が被害に遭いました」「妹が被害に遭いました」というような内容でも、男性からの相談は受け付けないと言われます。なぜなら、「女性と性的な話をしたい」といういたずら電話が多いからです。でも、SATOCOは性別や地域を問わず誰からでも一旦は聞きますし、男性の被害相談や診察もできます。相談はメールでも対応しています。

(3)性暴力被害者支援看護職(Sexual Assault Nurse Examiner :SANE)について

SANEとは心身ともに傷を負った性暴力の被害者に、適切なケアを提供するための専門の研修プログラムを修了した看護師、助産師、保健師などの性暴力被害者支援看護職のことです。

本来、看護職は医療や看護が専門で、相談対応は専門ではありません。でも、この研修を受けたスタッフはOVSCの相談員と同じように丁寧にお話をお伺いして気持ちに寄り添いながら、土日でも夜中でも適切な対応をしています。

SATOCOの病院では、SANEの看護師がまず被害者と出会います。

「今からこういう検査をします」「こういうお医者さんがこのように診てくれます」「終わるまでに2時間ぐらいかかります」と丁寧に説明をします。2時間のうち、医師の出番は10~15分ぐらいです。医師の仕事は診察とけがの治療と体内の証拠採取などです。

信頼できるSANEの看護師がずっと付き添っているからこそ、医師は男性でも女性でも安心して診てもらえるのです。SANEの看護師が対応しているから大丈夫というのが、SATOCOの特徴です。滋賀県のように産婦人科医が少ないところで、女性医師が24時間対応するのは無理があります。それは他の県でも同じ状況だと言われています。そのためにもSANEの育成は大事なことなのです。

SATOCOの設立準備段階では、性犯罪については女性の警察官に対応してもらえるように、どこの署にも女性警察官を配置していただきました。

けれども、24時間、常に女性の警察官がいるわけではありません。性犯罪は女性だけで対応するというのは無理があります。実際に被害者は「女性警察官でないと話せない」わけではありませんでした。とても優しく丁寧に聞いてくれる男性警察官はたくさんいます。女性が被害に遭ったら必ず女性医師や女性警官でないといけない、ということではなかったのです。大切なことは性別ではなくてその人なのです。

(4)SATOCOの研修やデートDVの現状

年3回SATOCO主催の研修会をしています。研修会には警察の担当者や県の関係者にも参加していただき、様々な角度から性被害の支援を学びます。ロールプレイの研修では、「被害に遭いました → 電話がかかってきました → SATOCOの病院に来ました → 警察が来ました」ということを実際に演じていきます。例えば警察の事情聴取の場面では最初に一言、「犯人を捕まえるために、これを聞かせてほしいんやわ。だから、ちょっとつらいかもしれへんけど、私たちも頑張るから一緒に頑張ってね」という言葉が、あるのとないのでは全然違います。「いつ、どこで、何があった、なんでそこへ行った?」と犯人逮捕のために聞かなければいけないことがたくさんあるのは当然です。でも、最初の一言があれば被害者の気持ちも受け取り方も大きく違うのです。

ロールプレイを通して被害者の気持ちを感じ、それぞれの立場での対応を考えて、実際の支援に活かすことを積み重ねています。

今、多いのが10代の性被害です。中高生や小学生までが、SNSで知り合った人から被害を受けるケースが相次いでいます。「すごくいい人だったから」「会いにおいでと言われたから」それで行ってみたら被害に遭った、というパターンです。

生まれた時からネット環境が当たり前の彼らには、ネットの世界と現実の世界の境界はとてもあいまいです。「ネットの中の世界は現実ではない」「架空とリアルの違い」を教えていかなければならないのです。

現実の関係でも「デートDV」が中学生や高校生に増えています。対等じゃない関係になっていても、少女漫画の世界のように女の子はこうあるべきとか、彼に言われたら「はい」と言うのが「かわいい子」と信じています。少しも対等ではない関係の中で、二人だけの世界ができあがっていて、それでも「嫌われたくない」と我慢している子もいます。

このような現状から、OVSCには「授業に来てください」との依頼があります。SNSの問題やデートDVから一歩進んで「性暴力についても話してください」と希望される学校もあります。

私たちは、授業の中で「望まない妊娠も性被害のひとつです」、「あなたたちは妊娠する力もさせる力もある。この先、いろんな失敗をしながら大人になっていくけれども、命に関わる失敗だけはしてほしくない」ということを一生懸命話します。生徒たちは私たちの話を真剣に聞いてくれます。 授業の最後に「どれだけ自分が注意していても被害に遭うことはある」「もし、被害に遭ったときは、とにかくすぐにSATOCOに電話してほしい」と伝えています。

小学校の先生対象「性の健康教育」授業(栗東市立金勝小学校にて)  
デートDVの授業
(滋賀県立瀬田工業高等学校にて)

(5)知的障害者の性被害について                       

子どもへの性虐待は非常に多いです。児童相談所から紹介されることもあれば、本人が「今まで誰にも言えなかったけど…」と、お父さん、お母さんの彼、お兄ちゃんから被害を受けている、と話し始めることもあります。また、知的障害のある人の性被害も多いです。例えば、彼氏ができて、その彼から「遊びにおいで」と言われて、喜んで彼の家に行ったら、彼の友だちが何人も来ていて、そこで被害に遭っているケースもあります。断ると自分が嫌われるのではないかと思って、断れないケースもありました。「そういう人はいい人かな?あなたを嫌な目に遭わせるのは彼氏じゃないよ」ということを教えながら、「警察にも言おうね」と、警察の力も借りて、自分が「本当にいいと思うことは何か」「嫌なことは嫌と言う」ということを教えることもあります。

他には施設に通っている人が、そこの職員から被害を受けるケースもあります。例えば、施設の管理者から、利用者としてではなく「職員にしてあげるよ」と言ってもらうとうれしいですね。私はこんなことができるから、私は認められた、と思います。そのような気持ちを利用されて、その管理者から「じゃあ言うこと聞け」みたいな感じで被害に遭っているケースもあります。本人に「それどうなん?」と聞いたら「だって、せっかく職員になったのに…断ったら…私、そこで働けなくなる」と言います。「その人は本当にあなたのことを考えているわけじゃないよ」と、これからのことをみんなで考えます。

このような相談は、直接ご本人から電話がかかってくることはあまりありません。職員が気づいて、「自分たちだけでは無理やし、どうしたらいいかな」と言って相談に来てくれることが多いです。支援する人、助けてくれる人がいても、繋がるすべを知らなかったり、そもそもチラシを見ても意味が伝わらないということもあります。まずは、知ってもらうために、やさしい言葉のリーフレットや絵本「たすけて」を作成しました。手をつなぐ育成会や福祉事業所に発信したら全国から多数の要望があり、あっという間に無くなりました。

平成28年度内閣府モデル事業
性暴力予防啓発講座資料
「『せいぼうりょく』ってなに?」
「せいぼうりょく」ってなに? P3

性暴力被害者総合ケア ワンストップ びわ湖 SATOCOのHP 

SATOCOのパンフレット

「せいぼうりょく」ってなに?

 

編集後記

平成16年に「犯罪被害者等基本法」が成立して全国47都道府県に犯罪被害者支援センターがそれぞれ1カ所設置されたのですが、成り立ちは警察主導や、行政主導などの違いがあると伺いました。滋賀県で誕生したおうみ犯罪被害者支援センターは、警察、弁護士、大学の先生、臨床心理士など様々な職種の人が集まって、民間主導で設立された経緯があります。また、性暴力被害者総合ケアワンストップびわ湖(SATOCO)についても民間主導で全国初の四者協定で設立されました。加害者側に焦点を当てた再犯防止の取り組みももちろん必要であると思いますが、これまで被害者の存在はおざなりでした。障害福祉分野に止まらず、滋賀には困っている人や苦しんでいる人を助け合う精神が根付いていて、福祉的な土壌が醸成されているのではないでしょうか。自分には関係ないと思っていても、いつ自分が被害に遭うか分かりません。普通の生活をしていても、突然被害者になることもあります。また、子供や障害のある人など被害に遭っても助けを求めるすべを知らない人たちもいます。今回のインタビューを通じて改めて犯罪被害について考えさせられました。

(聞き手 佐倉・石田)