布施明美さん 小川酒店

浜大津にある酒屋、小川酒店店主の布施明美(ふせ・あけみ)さん。障害者施設で働いていた経験を持つ布施さんは、現在、障害のある作者さんの作品を日本酒のラベルに使用するなど、福祉に関わる実践を続けておられます。福祉に興味を持ったきっかけや、お店を経営しながら地域の中で取り組んでこられた企画について伺ってきました。

(2022年6月15日 小川酒店にて)

 

学生の頃からの思い

 

>まず初めに、布施さんと小川酒店とはどういうつながりなのでしょうか?

 

私は、ここ小川酒店の娘なんですよ。もともとお店を継ぐ気はなかったんですけど、2人目を出産して、当時、大阪に住んでいて、子どもを保育園に預けられず、親にも手伝いに来てもらえない状況だったので、実家に帰ってきました。

 

小川酒店の外観

 

>大阪では何の仕事をされていたのですか?

 

つきのき学園という高槻の知的障害者通所更生施設に10年間勤めていました。私、学生の頃から福祉に興味があって、糸賀先生や田村先生、発達障害の研究をしていた田中先生の本を読んだりしていました。びわこ学園にちょっとボランティアに行っていたこともあります。

 

>昔から福祉には興味があったのですね。

 

障害を持っている人たちと空気が合うというか。保育士になりたかったので、保育園や福祉の現場で働きたいと思っていました。

 

実は、高槻の市役所の採用試験に受かったとき、保母として応募していたのですが、保育園は空きがなかったんです。障害のある人の施設だったら空きがあると言われて、学生の頃からの思いがあったので、つきのき学園に入りました。

 

一流のホテルでコンサートを

 

>障害のある人が参加できるコンサートの実施に関わっておられたとお聞きしました。

 

つきのき学園の近くに障害者の診療をしている歯科医の女性がおられました。その方が、音楽を聴いていると障害のある人たちが穏やかな気持ちになれるというのと、自閉症のお子さん、ご兄弟、親御さんはなかなかコンサートには行けないからということで、20回近く大阪の一流のホテルで障害のある人が参加できるコンサートをされたんです。プロの歌手を呼んで、ちゃんとしたお料理を食べて。一流のホテルをバリアフリーにするという、すごく大きな働きをされていて、私もこの活動に協力させていただいていました。コンサートには、つきのき学園のお子さんや親御さんなど、肢体不自由の人、知的障害のある人、いろんな人が来られていて、耳が聞こえない人も振動で音楽を楽しんでおられたことは懐かしいです。

 

>本格的なコンサートを企画されていたのですね。

 

でも、参加費が高かったんです。やっぱり高いレベルを目指しておられて、豊かな障害のある人たちが楽しめるための会だったので12,000円くらいしました。つきのき学園のお子さんや親御さんも年を取り、コンサートを継続することが大変になり、先生は終止符を打たれました。そこで、酒屋に戻ってきてから、私と友達で「ちっちゃいことからしようか」と言って、6回くらい「むすびし水のコンサート」というコンサートをしたんです。私たちはそこまでハードルを上げずに500円くらいで参加できるようにして。こっちはこっちですごく意味があったように思います。

 

まだ大阪でその歯科医の女性がコンサートをされていたとき、お土産用にすてきなマグカップやプログラムをつくっておられました。そのご縁で出会った方がデザインしてくださり、小川酒店の包装紙が生まれました。今、その先生はもう歯科医を辞められて、コンサートも終わりましたが、21歳になるこの包装紙がその流れを物語っているんですよ。

 

小川酒店の包装紙

お酒と器

 

>小川酒店ではお酒だけでなく、焼き物も販売されているのですか?

 

もともとお酒にはそんなに興味がありませんでした。つきのき学園にいたときに焼き物の作業があったんですよ。それで焼き物がすごく好きになって、施設を辞めて帰ってきてから日本酒に目覚めたというか。焼き物と同じものを感じたんです。土があって、水があって、火があって、つくっている人の思いがあって、その土地があって。日本酒も一緒だなと思いました。

 

前は作業所の人たちがつくった草木染めや和紙のものとか、いろんな雑貨もお店に置いていたんですけど、今はお酒と器に絞っています。

 

お店に並ぶ器

作品をお酒のラベルに

 

>朝市でもお酒を出しているそうですね。

 

毎月、「浜大津こだわり朝市」に出店しています。朝市では作業所でつくられたパンやクッキーの委託販売も行われていて、委託者のおおつ福祉会の作業所さんには造形活動をされているところもあります。そこで描かれた作品を、年に1回くらい、朝市に出すお酒のラベルに使わせてもらっています。そして去年は、展覧会「アール・ブリュット-日本人と自然-BEYOND」(※1)の出展者である浅野春香さんの作品をラベルに使用しました。

 

浅野春香さんの作品がラベルとして貼られた日本酒の瓶

 

>以前から、作品をラベルに使うことはされていたのですね。

 

「マーカーや絵具代にしてください」ということで作業所に代金をお支払いするということを細く長く続けてきたのですが、作者の方に直接は届かないのですよね。今回、浅野さんには、ラベルを貼ったお酒の現物を送らせていただきました。

 

作品をラベルに使うと、その方にも喜んでいただけるし、ご兄弟なども「そのラベルのお酒が欲しいから」と言って買いに来てくださいます。いつかそれが、朝市のときだけではなくて、ワインのラベルなんかにもなったらいいなと思っています。

 

>障害のある作者さんの作品をラベルにしたいと思ったきっかけは何ですか?

 

双子の妹が、今のみずのき美術館(※2)の館長の奥山理子さんと懇意にしていて、みずのきはアール・ブリュット(※3)の世界では歴史のある美術館で、私も行ったことがあります。私自身絵も好きなので、作品に興味はすごくあったんです。何か福祉のことで酒屋としてできることはないかなと思って、お酒のラベルという形で関わっていけたらなと思いました。

 

※1「日本博を契機とした障害者の文化芸術フェスティバル」の一環として2022年2~3月に滋賀県で開催された展覧会。

※2母体である障害者支援施設みずのきの創立5年目に開設された絵画教室(1964〜2001)から生まれた作品を所蔵、展示する美術館として、2012年に開館。

※3直訳すると「生(き)の芸術」となるフランス語。画家ジャン・デュビュッフェが1945年に考案した言葉で、自身の内側から湧き上がる衝動のままに表現した芸術を指す。

 

朝市の様子

作業所に通う人たちと、お酒を楽しむ

 

>酒屋として目指していることはありますか?

 

今、海外で日本酒はすごく盛んなんですけど、私たちは日本の人たちに滋賀の地酒をもっと知ってほしいと思うので、朝市のためにいろいろとお酒を選びに行って、売らせていただいているんです。その土地に行って、その土地が生んだ土壌、景色、歴史、風土を体で感じて、飲ませてもらって、蔵の人たちと苦労話も含めたいろんな話をして、それを販売させてほしいし、やっぱりおいしいお酒を置きたい。

 

>お店に来た人は、滋賀県内のおいしいお酒に出会えるということですね。

 

障害のある人で就職している人もいろんなストレスがあると思います。そういう人たちがお酒を飲みながら、日頃の愚痴を言ったりできるような会をされている方が瀬田の方におられて、「今日はその会のために」と言ってお酒を買いに来てくれます。私たちも一度だけ、作業所に通う人たちが、飲み過ぎたりしてトラブルにならない程度に、喫茶店でお酒を楽しむ会というのをしたことがあります。お酒が好きな人にちょっとずつ飲んでもらうということをしました。何かあったときのことを思うと、ものすごく難しいけど、またしたいですね。お酒は楽しいものなので。

 

 

プロフィール

布施明美(ふせ・あけみ)

 

株式会社小川酒店

小川酒店の長女として、浜大津に生まれ育ちました。もともと陶芸が好きで、お店に置きだしたのですが地酒との共通点に気づき、日本酒にはまります。近江の地酒とそれに合う肴を、器と共に楽しく勉強する日々です。

 

 

編集後記

布施さんにお話を伺い、音楽やアートに絡む企画を行うときも、販売する日本酒を選ぶときも、常にそこに関わる人やその土地を大切にされているのだと感じました。小川酒店というお店を拠点に、お酒や芸術を通じて人と人とのつながりを広げられています。そして、そこには障害のある人もいます。
糸賀先生は、どのような障害があっても社会の中で受け止められるべきであると考えました。地域の酒屋さんが障害のある作者さんの作品を使用したり、作業所に通う人たちと関係を紡いだりすることで、地域社会の中でご本人も周囲の人も豊かになるという布施さんの働きは、糸賀先生の思想を実現しているのだと思いました。

(聞き手:石田・藤田)