(令和元年6月10日 旧八幡郵便局にて)
自身の創作活動とアトリエ教室の関係とは?
もともとは美術関係の学校でインテリアデザインを専攻していました。1回生の終わり頃に学校の研修旅行でヨーロッパ各地を巡り、美術館や教会へ毎日行きました。そこで「版画」と出会いました。版画に新たな魅力を感じ、自分で版画作品を制作してみたいと思い、日本に帰ってきてから教えてもらえるところを探しました。そして偶然にも、すぐに版画教室を見つけることができました。毎週日曜日、休む事なく通いました。社会人になりインテリア関係の仕事についてからも、変わらず版画教室に通い続けました。ところが、残念なことに教室が閉鎖されることになったのです。今まで没頭してきたことが出来なくなると思うと、より制作への意欲が沸き、約4年お世話になった会社を辞めることにしました。そして、より版画制作に時間を費やせる環境に転職し、個展を開いたり展覧会に出品したりして過ごしていました。版画はシルクスクリーンという技法で制作していました。当時使用していた油性インクに含まれる成分が環境だけでなく、人体への健康被害も引き起こすと報告されていたので、妊娠を機に版画の制作活動を休止しました。そして出産後、子供の身体にも良くないことから、シルクスクリーンではなく、環境にも人にもやさしい木版画に技法を変えて新たな気持ちで制作活動を再開しました。その時は造形教室をしようなどとは、全く思っていなかったのですが、私の子供と同級のお子さんをお持ちのお母様が、私が美大を卒業しているということから、「もしよければ、うちの子供にちょっとアートに関連することを教えてもらえないかな」とのお声をいただきました。思いもよらぬお声かけに心が動いたのですが、私は人に何かを教える日がやって来るなどということを考えたこともなく、どうやって人に教え、伝えたらいいのか全く分かりませんでした。そんな時たまたま小さな新聞広告を見つけました。それは「子どものアトリエ・アートランド」を主宰されている末永蒼生先生が開校されている「色彩学校」の生徒募集案内でした。子供むけの造形教室をする為の、ちょっとしたノウハウを教えてもらいたいなと思って、すぐに入校しました。そこで約2年間、色彩心理学やカラーセラピーを学び、チャイルドアートインストラクターの資格を習得し、自身でもアートランドの提携アトリエを開設する段までこぎつけましたが、住まいはマンション暮らし、自宅で開講するのは難しい状況、そんな時以前から興味があり会員として参加していた「NPO法人ヴォーリズ建築保存再生運動一粒の会」のメンバーの方々に「アトリエ(子供むけの造形教室)を開講したいと思ってるのですが、どこか良い場所はないでしょうかね~?」と相談したところ「じゃあ、ここの部屋を使ったら」と言って下さり、ここ旧八幡郵便局の元局長室でアトリエ教室を始めることになり、今年で15年目になりました。
アトリエ教室がある旧八幡郵便局(外観)
誰もが集う場所となったきっかけは?
アトリエ教室をはじめると、順調に生徒さんが集まりました。ある時、お子さんに発達障害の診断が下りて間もなくたくさんの不安を抱えておられるお母様がアトリエを訪ねて来られました。発達障害を持つ子供たちへのサポートもここ10年ぐらいでずいぶん変わったように聞いていますが、その頃は発達障害のお子さんに何か教えてもらえるところを探しても、「いや、うちではちょっと……」というお声もあったようです。
私は全然障害について知識がなかったこともありますが、どのような子供さんが来られても、お断りしようとは思っていませんでした。なので、もちろんこの子供さんもアトリエのメンバーの一員になっていただきました。そしていつしか「こんなことができるアトリエがあるよ」ということがどんどん伝わり、一時期は「障害があります」ということで、アトリエに来てくださる方が結構な割合でおられました。しかしそれは結果であって私としては何も意識はしていませんでした。
障害を持たれている方という言葉がふさわしいのか、私はずっと自分の中で疑問に感じているのですが、A君、B君、Cさん、いろんな個性であったり障害であったりいろんな感性を持った子供たちが集まり自由に創作を楽しむアトリエですので、お互いが人が作る作品を見て刺激し合って、真似た作品を作る場合もありますし、そこから違う発想を生み出しオリジナリティあふれる作品を作ることもあります。障害といわれる特性を持った子供たちは、同じことをずっと続けて、やり続けるという素晴らしい才能を持っている子供たちも多く、ずっと続けてやっていることが、周りの他の子供たちを大いに刺激し「私もやってみたい」、「僕もやってみたい」ということが多々ありました。そこはいい相乗効果で、私では生み出せない子供たちが持っている感性と創作性で、私の方が教えてもらうことがいっぱいありますし、15年という長きに渡りこのアトリエ教室を続けることが出来ているのもそのおかげです。
しかしながら「うちの子供はこういう特性がありますので、こういうことはしないで下さい、させないで下さい」などと親御さんの方からわざわざ申し出があり、それを条件としての入会を希望される場合もたまにはあるんですけれど、そういう場合は、反対に入会をお断りしたりもします。それは親御さんの思いで、子供たちの思いとイコールではないのです。ここアトリエでは自由にしていただく中で、その日は何も作品として生み出されなくても、もしかしたらその次、その次の次にきらっと光るものが生み出されるかもしれません。中には絶対その日に一つ完成作品を作ってほしいという親御さんもおられます。そのほうが安心するというお気持ちは、私も母親の立場としたらとてもよく分かることなのですけれど、ここアトリエはそういう場ではないので、カウンセリングや療育の一環としての入会希望の場合は、「私は福祉に関する経験も専門知識もありませんので……」と、お断りをしてきました。
アトリエでは本人がそれぞれ好きな物を選び、好きなものを好きな様に創作していきます。たまに本人が使いたい材料を置いていない日もありますので、そんな時は制作する気持ちが萎えたりすることもあるんですけれど、ゆっくりコミュニケーションを取りながら、「こういう材料もあるよ!こんなこともできたりするよ!」と勧めると、気持ちを切り替えて創作されることもあります。障害に関する特性について詳しく勉強をされている親御さんもおられ、「そういう切り替えができないので、毎回同じように置けない材料は見せないで下さい」と言われることもありましたが、お話しをするとちゃんとご本人には伝わるというのが、15年やってきて思うことです。うまくいかない日ももちろんありましたけれど、それは子供たちもその日によって創作意欲がある日と、何もしたくない日というのがあるので、無理やりさせるものではないかなと思います。
旧八幡郵便局(内観)
地域との繋がりについて
小学1年生で入会したある男の子が高学年になったころ、学校の授業で本物のお金を使ってお商売を体験するとうカリキュラムを経験してきました。そして「アトリエでも自分の作った作品を売りたい」ということでアトリエ教室の窓を開けて、自分でお客さんを呼びこみ、作品の販売ごっこを始めました。観光客などたくさんの方が行き交う場所でもあるので、なかには「買いたい!」と言ってくださる方もいらっしゃいました。でも、一部の子供たちが作った作品でお金のやり取りをするというのはちょっと……と思うこともありお気持ちとして、是非とも払いたいとおっしゃってくださる方には「ここヴォーリズ建築保存再生運動の募金箱に入れさせていただきます」とお話した上で頂くことにしました。彼もお金をお預かりしては、それを全部募金箱に入れてくれました。そもそも彼がなぜ作品を売ろうと考えたかというと、その当時、この建物には給湯設備がなかったんです。「手を洗うのにお湯が出なくて冷たい」「給湯器を付けてほしい」といつも言っていました。でも、僕が給湯器を付けたくても買うお金がないから、自分で作った作品を譲ってそのお金を募金箱に入れて、お金がたまったら給湯器をつけてもらえるかな!!と、彼は考えついたんです。お店屋さんごっこは半年近く続き、近隣のお店の方とも彼はすっかり仲良くなりました。そうこうしているうちに彼は中学生になりアトリエ教室を巣立っていったのですが、高校生になると時々アトリエに顔を出してくれるようになりました。毎年秋にはこの界隈で「八幡堀まつり」が開催されます。ここアトリエの前の通りもたくさんの歩行者と車であふれます。旧八幡郵便局を会場にイベントを開催していた時には、彼が通行誘導のお手伝いに来てくれたこともありました。アトリエに通ってくれていた時から、彼はこの地域の方々とコミュニケーションを取っていたので顔なじみでした。そして、この商店街のおじちゃんたちから「将来うちの跡取りに来ないか」という冗談まで飛び出したぐらい人気者になっていました。商店街でもあるこの地域の方々と繋がりを持たせていただけたのは彼のおかげでもあり、幸せな時間だったかなと思います。
当時、作品の販売ごっこをしていた窓
滋賀だから続けられる
「色彩学校」の同期生等、関西で同じくアトリエ教室をしているメンバーで年に数回勉強会や情報交換をしているのですが、大阪のメンバーから「滋賀県のやまなみ工房っていう面白い福祉関係の工房があるから、皆で見学に行きませんか」と誘われて、初めてやまなみ工房さんの存在を知って見学に行きました。やまなみ工房さんが面白いことを積極的にされていること、滋賀にこんな素晴らしい取組みをされている施設が存在していることに感動したものですから、すぐにアトリエの生徒さんと親御さんたちにその話をしたんです。すると興味を持って下さった親御さんがおられて、すぐに親子で見学に行かれたんです。その親子さんもたいそう気に入られ、それから月に1回やまなみ工房に行くと決めて、今も月に1回必ず訪問されていて、絵や造形作品を観る機会をもたれています。その結果、創作意欲を刺激したのか意欲満々でアトリエに来られるようになりました。
アトリエひこうきぐもとして、ing展(滋賀県施設・学校合同展覧会)に参加させていただくようになるまで、私は福祉関係の方とこれまで全く接点がありませんでした。ing展に3回、参加させていただき、美術の知識や経験がない方も多く参加され取り組まれている中で、あれだけの展覧会をつくりあげていくことができる皆さんの力と熱心度に驚きました。利用者さんの作品を、いかにスポットの当たる所に、どうやったらより良く感じてもらえることができるかということを、一生懸命考えようとされる、その姿勢に毎回感銘を受けています。ing展について、この感動的な思いを展覧会のご案内とともに、アトリエ教室のメンバーの親御さんたちにお話しています。これまで福祉とは関わりがなく、全く知らないお母さんたちへもお話しています。そうすることにより、何かしら思いが伝わり、そこからまた何かが広がっていくように感じるからです。
ある生徒さん親子が、前回のing展を見に行かれました。そしてボーダレス・アートミュージアムNO‐MAのスタッフさんから「よかったら君も来年出してみない!」と声を掛けられ、「はい」と思わず返事をしたそうです。その声かけをしてもらったことが彼はすごく嬉しかったようで、それがきっかけとなり彼の創作意欲が一気に沸き上がったのです。以前から絵を描きたいと言う思いをもたれているとはお母様からは聞いていたんですけど、アトリエでは描かれていませんでした。それが、自ら「絵を描きたい!」と伝えてくれて今では彼の思いのこもった絵画作品がいっぱい出来上がっています。スタッフさんの一言が、彼の心を動かし一歩踏みだすきっかけになったのかなと思います。今年のing展には彼の作品を出させていただこうと思っていて、ご本人もその気満々で創作活動を楽しんでくれています。
他府県で同じ様なアトリエ教室を運営されている方々との交流会でよく話題にあがるのですが、どのアトリエも様々な個性や障害を持たれた生徒さんがいらっしゃる状況で、皆さん日々子供たちの思いを大切に教室運営にあたられ、そして親御さんからの相談にも丁寧に対応されておられます。そんな中、相談内容によってはアトリエ教室だけで解決するのは難しい問題が多く、それぞれの地域の教育現場や福祉体制について、他府県の仲間と話をしていると、滋賀県の教育環境や福祉は縛りがなく開けている印象を受けますし、他府県の仲間からも「滋賀は福祉面で進んでいるよね」と言われることが多々あります。
私は福祉の専門知識や繋がりがないので正確な情報ではないので一概には言えないのですが、他府県では、アートを活用した支援活動などは、基本ボランティア頼みで解決していこうという傾向が強いように感じます。アトリエ教室を運営しているスキルを活かし、地域の支援活動に関わろうとすればする程、現実問題として、苦しいのかなという気がします。私も余暇支援活動をされているグループからお声かけいただき、ワークショップなどをさせていただくことがありますが、県内のグループからのお声かけはほぼ有償なのですが、他府県からのお声かけに関しては、無償で交通費も出ないなんてことがあります。アート活動に対する理解度の低さにげんなりしてしまいます。
また、個人の著作権についても、滋賀県は作家さんの権利が守られているように感じます。兵庫県でアトリエ教室をされている方のお知り合いなんですが、障害を持たれた作家さんの作品が高額で売買されているそうなんですけれど、そのご本人は生活保護を受けないと生活が成り立たない状況とのことです。「なんかちょっとそれはおかしくない?」と滋賀県ならそのような事も解決してくれる場があるのではないかと、私にお話をして来られましたので、ボーダレス・アートミュージアムNO‐MAのスタッフさんに、個人の著作権についてお話を聞いたことがありました。滋賀県は他府県の方からも一目置かれているように思いますし、色々な面において守られていて、アート活動するにあたっては、良い環境なんだろうなと感じています。
最後にアトリエ教室を始めて15年という歳月が経ちました。開講当初からのメンバーもおり、すでに20歳をこえ、アトリエの子供たちという表現がそぐわなくなりました。よって今年から『子どもと大人の造形教室―アトリエひこうきぐも』としています。このように名前をかえることができるまで長きにわたり続けてこられたことに感謝です。
アトリエの創作画材
塚本 智映(つかもと・さとえ)
アトリエひこうきぐも 主宰
美術短大でインテリアデザインを専攻。卒業後インテリア関連の仕事に従事する傍ら、学生時代に始めた版画作品の制作に打ち込み、版画家を目指し個展や公募展などにて版画作品を発表。結婚後、子育て時期に子供向けの造形教室『アトリエひこうきぐも』を立ち上げる。自由な創作活動のできるアトリエ教室として今年で15年目を迎える。
編集後記
旧八幡郵便局はヴォーリズ建築で、大正10年に建てられたそうです。掲載されている写真からもお分かりいただけると思いますが、非常にレトロな雰囲気で創作意欲が湧きそうな場所です。そこは造形活動を通じて障害があるなしに関わらず誰もが集う場所です。
塚本さんのアトリエ教室の取り組みで特に印象的だったのは、「そのまま」を大切にするということです。それは、親御さんへの報告でも、子供たちのその日の気分でも同じです。そのままを受け入れ、生徒さんそれぞれの個性や障害を輝くものとして受け止めるこの姿勢が、自由な創作を可能にし、誰でも参加できるアトリエにしているのだと感じました。生徒さんの創造力や可能性を信じて、丁寧にコミュニケーションをとる塚本さんは、生徒さんの味方であり、またそのことが親御さんの信頼や安心に繋がっているのかもしれません。糸賀一雄氏は、重症な障害をもった子供たちも自己実現をしていて、「この子らが、生まれながらにしてもっている人格発達の権利を徹底的に保障せねばならぬということなのである」と記しています(「糸賀一雄著作集Ⅱ」)。塚本さんのアトリエ教室は、滋賀という地で、自由な創作活動を通して、障害があろうとなかろうと、すべての子供たちが主役になり安心して過ごせる場です。それは糸賀思想に通じる実践なのだと思いました。また、当初はまだ幼かった生徒さんとともにこの15年間歩んでこられたことは、子供だけでなく、大人になってからも成長し続け、創作し続け、豊かな人生を送ることができる、そのような世の中を作っていこうというメッセージにも聞こえました。
(聞き手 佐倉・石田)