有本忍(ありもと・しのぶ)さん
momo庵

有本忍(ありもと・しのぶ)さんは、大津市瀬田にあるmomo庵のオーナーです。momo庵は、有本さんのご自宅でもあり、フリースペースとしても活用されています。フリースペースを始めたきっかけや若者の支援で大切にしていること、有本さんの考え方のルーツについて伺ってきました。
(令和3年3月5日 momo庵にて)

ひょんなことから自宅を貸すことに

 私は、以前、近江八幡市に住んでいました。父は会社を経営していましたが、父が体を壊したことを機会に会社を引き継ぐことになりました。両親亡きあと、その会社を事業譲渡しました。私は、もともと古い家が好きで、県内のいろんなところで探していた中で、会社を譲渡した同じタイミングでこの家を紹介してもらいました。イメージしていたよりも広かったのですが、とても気に入ったので住むことに決めました。ここは、間口が狭くて奥行きの深い建物で、奥のスペースがプライベートの私の住まいになっています。手前のスペースは誰でも自由に使ってもらい、「住み開き」みたいにいろいろな人が交流できるような場になればいいなと思っていました。でも、ここを住み開きで自由に使ってもらいたいけど、どうしたらいいのかわかりませんでした。そんな中、今、momo庵の手前のスペースを使ってもらっている、株式会社Re-birthの竹林竜一さんと久しぶりに出会いました。竹林さんは、もともと私が加入していた中小企業家同友会の事務局員でした。今、何をしているのかと聞いたら、コラボしが21のスタートアップ企業のオフィスを借りてインターンシップや合同企業説明会など学生さんと企業さんを繋ぐことをしているとのことでした。「領収書の整理ぐらいなら、週一回できるよ」と言って、手伝いはじめました。最初は、興味もなければ、そういうことを調べようと思ったことも全くない状態で「こんなことをやっているのか」という感じで関わっていました。当時の竹林さんの事務所には、学生がなかなか来ないから、学生ともうちょっとしゃべらないと、本当の困り事が見えないのではないか、学生の困り事がわからなかったら、企業とのマッチングはなかなかうまくいかないのではないか思っていました。「どこか場所を借りるにしても、資金がないし、どうしようかな」と竹林さんが悩んでいたところ「ちょっとうちの場所使う?」と声をかけてみたのがきっかけでmomo庵の一部が「就活room tugumi」として使われ始めました。最初は、学生にどうやってここを知ってもらおうかと考えていて、大学のキャリアセンターにチラシを置かせてもらいましたが、あまり効果がありませんでした。結局、学生の口コミやSNSで広がりはじめました。学生はSNSで誰が何をシェアしているのか?そういうところを見ていると思います。

  竹林さんに部屋の一部を貸しているけれども、私はRe-birthの社員ではないので、“親切な隣人”だと言っています。

築130年の町家をリノベーションしたmomo庵

お金が介在しない場

 momo庵に来る学生は様々で、滋賀県内の大学はもちろんのこと県外海外の学生も来ます。学生登録数は500名を超えています。地元大学や、遠方であればシドニー工科大学の学生も来ていました。通っている大学も学年もそれぞれ違って、趣味や興味もそれぞれ違うから面白いです。全然関心ないのに、櫻坂46のDVDを見せられる日があったりね(笑)。

 学生の中には家に帰るのが面倒くさくなってmomo庵に泊まる子もいれば、新型コロナウイルスの影響で、心配した親から「外へ出るな。アルバイトも行くな」と言われて、孤独で耐えきれなくなり、1か月間泊まった学生もいました。基本的に開放しているのは、平日のみで土日は開放していません。でも、学生も参加できるイベントや合宿、友達同士で集まってミーティングをしたい等の明確な理由があれば開放することもあります。

 お昼ごはんは、momo庵のすぐ近くにある「cafe&gallery spoons」(NPO法人BRAH=art.が運営)の賄いを配達してもらっています。momo庵では、学生は何でもフリーです。飲み物もフリーだし、Wi-Fiもフリー、お昼ごはんもフリーです。暮らしの中には、学費や医療費などお金がかかるものがもちろんあります。就職活動の応援だけではなくて、困っている学生がいたら一緒になって考えています。そうやって続けているとどんどんとやることが広がってきました。でも、本当に、食べることに困っている、生きていくこと自体に困っている学生は、たぶん、自分で調べることまでできておらず、きっと繋がっていないと思います。その子たちとどう繋がっていくのかが、次の課題です。新型コロナウイルスが流行し始めた頃、イベントなど大勢で集まることは自粛傾向だったので「イベントやっています。どんどん来てください」とは大々的に言いにくかったのですが、momo庵は閉めずに開けていました。

本当の価値がわかる人に 

 私は、食べ物に関してこだわりがあります。momo庵で提供しているお米は、滋賀県の有機栽培をしている知り合いの農家さんから直接購入しています。人数が多いときは炊飯器で炊きますが、五合までなら土鍋で炊くこともあります。自分が美味しいものを食べたいのはもちろんのことですが、学生たちには、若い時から美味しいお米を食べてほしいと思います。どこで作られたのかよくわからないものを若い子に食べさせたくはないです。その味を若い頃から刷り込んで、他のお米を食べられないようにして「ちゃんと環境と人に配慮して作られたお米は全然違う」とわかれば、将来、自分でちゃんと働くようになったら、そういうお米を買ってくれるだろうと考えています。その子たちがモノを買う側になったときに、金額が高いものがいいものではなくて、どういう環境で、どこの誰がつくっているのかそういう背景に興味を持ってもらいながら食べてほしいと思います。と言っても、学生はあまり聞いてないんですよね(笑)。「この米はな……味が違うやろ」と説明しても、がーっと一気に食べています(笑)。

 また、去年の12月からフリーフードという活動を始めました。間引きされた野菜や、サイズが規格外のため売れずに畑に放置されている野菜がいっぱいあります。それは、結局、畑に肥料としてすき込むか、廃棄されます。農家さんが自分たちで食べるといっても、たくさんあるので余ります。それらを有効活用できないかと知り合いの農家さんに聞いてみると、活用できそうな野菜がたくさんありました。それらを譲ってもらえることになり、12月、1月、2月に学生に無料で配りました。その時は野菜しか考えていなかったので、今後2~3か月に1回のペースでやろうと考えていましたが、他にもたくさんの食材をいただけることになりました。

 鮒ずしをつくっている高島市マキノの魚治さんから「鮒ずしをつくろうと思ったんやけど、今年はあんまりいい鮒がなくて、お米が残っている」ということでたくさんの米をもらいました。そして、松瀬酒造さん冨田酒造さんから酒かすや、ヨイマメ珈琲さんからコーヒー豆などバラエティーに富んだ食材をたくさんいただきました。

 先日は、ブリのカマが100個届きました。「100個!」って思ったけれども、あっという間になくなりました。

momo庵に集う学生が書いた入り口の黒板

考え方のルーツ 

 私の父と田村一二さんは友人同士でした。父の会社で働いている元寮生に会いに、田村先生が一麦寮の寮生さんをたくさん乗せて遊びにきていました。田村先生が来られた時私はまだ子供で、すごく怒るめっちゃ怖いおじさんというイメージでした(笑)。でも、誰にも分け隔てなく接していました。時々、仕事中にどこかへ行ってしまう寮生さんもいましたけれども、父と田村先生は怒ったりしながら根気よく支援していました。そのことを思い返すと働く場があるだけでは、障害のある人の暮らしは守れないと思いました。お給料を渡して終わりじゃなくて、そのお給料の中でどう暮らしていくかを支援していかないと。お金があるだけでは解決できないこともあるんだと、なんとなく頭のどこかにあったと思います。

 私は、田村先生の『茗荷村見聞記』が大好きなのですよ。あの本の中に、一人暮らしのおばあちゃんが若い男の子と一緒に住んでいて、おばあちゃんは男の子の世話をしているつもりでお弁当をつくったりしているのだけれども、男の子はおばあちゃんの介護をしているつもりで一緒に住んでいるという話が出てくるのですね。そういう風に、お互い助け合いをしながら暮らす様な、家族だけではない繋がりができればと思います。

 子供のころは父の会社の寮として自宅の一部を使っていたので、社員さんも一緒に住んでいました。父は、酔っぱらって社員さんだけじゃなくて、銀行の人や、取引先の人などいろんな人を家に連れてくるので「このおじさんは誰?」「わしも知らん」という感じで、みんな一緒にご飯を食べていました(笑)。そういう環境で暮らしていたから、大人数で一緒にご飯を食べることや、家の中に知らない人がいることに違和感はなかったのかもしれません。

 私の理想は、茗荷村なんですよね。ああいうコミュニティがたくさんできたらいいなと思います。そこには価値観の押し付け合いもなければ、評価をし合うわけでもないです。今の就活生は、評価されるので頑張って自分の価値を上げて「私、こんなに価値があるから雇ってください」と頑張るわけです。それが苦しいと思います。「評価されない自分は価値がないんだ」と思って生きる、そんな切ないことはないでしょう。

有本さんの愛読書『茗荷村見聞記』田村一二 著

大人は邪魔しない 

 自宅をフリースペースとして開放していますが、これまで計画を立ててやってきたわけではありませんでした。始める前に“事”が先にやってくるので、その事に対してなんとかしたいという気持ちでやってきました。就活room tugumiを始めた時も、どんな学生が来るかなんてわからないです。でも、出会ったからにはなんとかしたい。新型コロナウイルスが流行して、「バイトが4つ全部なくなった。どうしようか……」「お昼を食べに来ていいけど、どうするの?」「うーん、困ったな」と言っているのを聞いたら「じゃあ、何とかしないと」という気持ちでやってきました。

 私は場所を貸している親切な隣人なだけなんですが、momo庵に来る学生は社会に出る前の子が多いから、社会に出る前に、いろいろ知ってもらいたいことや、出会ってほしい人がいます。イベントでは、学生に出会ってほしい人をゲストとしてダイアローグ(対話)をやっています。これは、今後も続けていこうと思います。

 可能性をいっぱい持って、いろんな知識を得た子が社会に出ても、「そんなこと考えんでええ」と大人から言われている社会でしょう。知的レベルも意識レベルも相当高い若い人が増えてきているのに、大人は全然追い付いていないと思います。若い人が社会のことや未来のことをいろいろ考えているから大人は邪魔しない(笑)。もっと伸び伸びとした社会、ひとりひとりの存在を大切にできる社会にしたいなと思います。そして失敗が許されない自己責任の社会ではなく、大人が手本となり間違ったことは誠心誠意つぐない問題の本質ときちんと向き合い、様々な人を巻き込んで自分の課題を社会の課題と寄り添わして解決する糸口を探る力を身につけてもらいたいなと思います。

しまんと新聞バッグ
プロフィール

有本 忍(ありもと・しのぶ)

momo庵オーナー

1969年生まれ。幼稚園から高校まで近江兄弟社学園に通う。大阪成蹊女子短期大学卒。父の創業した金属加工業を後継し、両親が亡くなった後事業譲渡。2018年momo庵立ち上げ

 

編集後記

momo庵は様々な学生や大人たちが集う居場所です。インタビューに伺った日は、インターン生の方やRe-birthの職員の方、学生さんなどがおられ、私たちも皆さんと一緒にお昼ごはんをいただきました。誰でも歓迎される、温かくてオープンな雰囲気が印象的でした。有本さんの“親切な隣人”という存在が、学生たちの居場所を作っていると感じました。生活や人との接し方について指導をするのではなく、そっと近くで見守る有本さんの姿勢、そして学生に寄り添い、ニーズがあればそれに応えていくという考え方が、momo庵に多くの人が集まる背景にあると思います。評価されるために自分の価値を上げることが求められる今の世の中で、学生たちが就職しても伸び伸びと活躍できる社会を作ろうという有本さんの取り組みは、「この子らを世の光に」という糸賀先生の言葉にも通じるのではないでしょうか。そして、そのような社会は、すべての人が生きやすい社会に繋がるのだと思いました。

(聞き手 佐倉・石田)