伊東正樹(いとう・まさき)さんは、滋賀県立視覚障害者センターの総括主任をされています。センターでは、点字図書や録音図書の貸し出し、ITサポート、相談、生活訓練教室などの取り組みを行っています。IT講習会を立ち上げられた伊東さんに、センターの仕事を始められた経緯や視覚障害の方の情報不足への気づき、自身の仕事に対する考え方についてお聞きしました。
(令和2年6月11日 滋賀県立視覚者センターにて)
情報不足を解消したい
もともと視覚障害者の支援をしたいとか、福祉に携わる仕事をしたいという気持ちがあったわけではありませんでした。前職は、税理士事務所で社会保険の担当をしていました。家族経営や個人経営の人が顧客としてたくさんいらっしゃいました。その時に思ったのが、個人経営でやっているような小さな会社は、「どうしたら助成金をもらえるか」というような情報がなかなか手に入らない。そういう情報不足の人に「こういう制度を活用すれば、経営に役立ちますよ」という情報を伝えたいという気持ちで仕事をしていました。
平成12年に、臨時職員として、滋賀県立視覚障害者センターに入職しました。当時、センターでは、点字図書や録音図書の貸し出しの管理を手作業で行っていました。ちょうどその頃、本の情報をすべてデータ化し、これまで手作業で管理していたのをパソコンでの管理に移行するための職員募集があり、勤務時間などの条件が合ったという理由で応募しました。入職してみると、視覚障害の人には、様々な情報が入ってこないということが分かりました。情報不足の人に情報を伝えたいと別の分野で思っていたのが、ここに入ったら、制度についての情報不足どころか、毎日の新聞の情報すら入ってこない、目の前に誰がいるかさえ分からない、という更に深刻な情報不足の人たちがいる状況でした。情報不足を補うことは、前職からしていた仕事だったので、福祉をしたいというわけではなかったんですけど、できたらこの仕事を続けたいなと思い、たまたま臨時職員で入ったのがその後、正規職員にさせてもらったという感じです。だから、情報不足に関してなんとか解消したいということで、この仕事を始めました。
前職で学んできたことを伝える
センターに入って、私が昔、税理士事務所にいたことを聞いた利用者さんが、「伊東さん、前は税理士事務所にいたんでしょう。僕、確定申告をするのに、これはどうしたらいいの?」と尋ねられました。視覚障害の人はマッサージ業などを自営されている人が結構います。前職の経験がここで役立つかもしれないと思いました。「目が見えないから分からないところを教えてほしい」ということだったのです。特別な支援をするのではなく、今まで前職などで学んできたことを伝えたらいいんや、という気持ちになりました。「今まで、確定申告は他の人に書いてもらっていたけど、これからは、パソコンを使って、自分でできるようにしたい。」それを言われたときに、この仕事だったら、別に福祉という言葉にこだわらなくてもできるのではないかと思いました。この仕事を始めて最初に出会った人にそれを言われたことが、ここで続けていこうと思った理由の一つでもあります。
視覚障害の人もパソコンが使えるように
正規職員になって最初に任されたのが、視覚障害者のIT支援です。今から約20年前は、まだ、視覚障害者のパソコン講習会などはなく、視覚障害者がパソコンを使うのは相当難しいことだと思われていた時代でした。しかし、ちょうどその頃にパソコンの画面に表示される情報を音声化するソフトが普及し始めたので、視覚障害の人にパソコンを教えることになったのです。これまでなかった初めての取り組みだったので、手探りの状況でした。パソコンを使っている目が不自由な人に全国、片っ端から電話をかけて、どういう講習会をしたらいいのか教えてもらいました。そして、平成13年に滋賀県で初めての視覚障害者向けのIT講習会を始めました。それが基になって今でも続いています。
昔は点字図書館で本を貸し出しするのが主な業務でしたが、今はITサポートの利用がすごく増えています。現在、私は別の業務をしているんですけど、入職した当初は、パソコンを使える視覚障害の人が増えることが私のやりがいでした。インターネットさえ使えたら、ニュースなど知りたい情報をいつでも知ることができる。20年前に一番喜ばれたのはそれですね。もう一つは、手紙や電子メールが書ける、ということです。目が見えない人は字を書くことが困難です。点字器を使って点字で文章が書けても、目が見える相手には伝わらないし、視覚障害の人でも点字の読み書きができない人は多くいます。だから、人に文字で文章を伝えることができない。口頭でしか伝えられないということだったのが、パソコンの音声ソフトを使うと、自分で漢字、仮名文字を使った文章が打てます。生まれつき全盲の人が、実際には一度も活字を見たことがないけれども、活字が打てる、人に文章を伝えられるというのが、当時喜ばれたのを覚えていますね。
一方で、今は点字を使える人は減ってはきていますが、点字というのは、自分の手で読んだり書いたりするための大切な文字です。パソコンが使えても、文字としては点字を使いたい、点字も勉強したいという需要は多いです。だから、点字での情報提供や講習会も当然しています。
IT技術の進歩について感じること
技術が進歩し、便利にはなってきていますが、今は様々なサービスがスマートフォン中心になってきているので、タッチパネルの操作が困難な視覚障害者が使い方を覚えるのには時間がかかるのではないかという懸念はあります。ただ、皆さん情報を取得したいという気持ちはやっぱり強い方ばかりですので、70代、80代でもスマートフォンの勉強をしたいという人が多い。それには応えていきたいと思います。以前は、一般に使われているパソコンソフトに音声が対応するのに数年かかることもありましたが、今はほぼリアルタイムで目が見える人と同時に最新の情報を得ることができるようになっています。難しさはあるんですけれども、数年というタイムラグではなくなってきています。最近でしたら、ZOOMの使い方を教えてほしいという人が非常に増えています。
滋賀県では、他府県に比べてパソコンが使える視覚障害の人の割合は高いと思います。全国的にもいち早くIT講習会の開催に取り組んだことと、もう一つは、IT講習会を始めた年ぐらいから、訪問ITサポートも始めたんです。他の県はだいたいITサポートをしても、会場に来てくださいというのがほとんどです。今でもそういうところも多いんですが、滋賀県では、県内全域、どこでも行くという方針で直接、自宅へ伺います。パソコンは機種によってボタンの配置も違いますし、音声ガイドの声の質も速さも使う本人が聞きやすいように設定します。センターのパソコンで勉強して家に帰っても、家のパソコンの設定が違って使い方が分からない、ということがあります。だから、訪問ITサポートで、その人が普段使っているパソコンで練習するほうが覚えてもらいやすい。それもあって、パソコンやスマートフォンの利用者さんは多い感じですね。ただそうは言っても、目が見える人に比べて、利用率はまだまだ低いです。
また、映画館で映画を見たいという人も結構います。中途失明の人も増えてきて、若いときに見た、あの映画を見たいという希望もあります。今、「UDCast」という、スマートフォンで映画の音声ガイドが聞けるアプリがあり、対応している映画館が増えてきています。一般的にあまり知られていませんが、多くの映画館はUDCastに対応しています。ただ、実際は、映画館のスタッフが使い方までは知らないという場合があり、その場で使い方を聞いても教えてもらえずに困られることがあるんです。だから、事前に使い方をセンターで練習して、映画館に行くという人もいます。そうすると使い方に困るというもどかしさもなく、映画を楽しめます。
社会参加を応援する
社会参加で言えば、センターの事業として、タッチパネル式が増えている銀行ATMや自動販売機などを一人で操作したり、歩車分離式信号のある横断歩道の歩き方の体験会等をしています。他に、料理、編み物、茶道、マナー等の教室もあります。視覚障害の人が困るのは、見様見真似ができないことです。結婚式やお葬式に行ったときに、他の人はこうしているから同じようにしようということができない。目が見える人なら小さいときから、周りの人たちがこういうふうにしていたからと、いつの間にか目で見て覚えているような所作にも、気がつかなかった人もいる。それを手とり足とり口で説明しながらマナーを勉強する教室をしています。社会参加を応援する教室は、常にいろいろ工夫しながらしていますね。
当事者が自分たちで考えて自分たちで運営する
滋賀県立視覚障害者センターを指定管理で運営しているのは、滋賀県視覚障害者福祉協会です。私は福祉をしているとか視覚障害者の支援をしているという気持ちは正直言ってあんまりないんです。私たちが何かをしてあげようということではありません。あくまでも主体は視覚障害者本人で、当事者が自分で考えて自分たちでセンターを運営されています。私たちはその人の目の代わりになって情報不足を補っているという感じです。
でも、福祉のことを何も知らずにセンターに入って、やっていけると思ったのは、子供の頃の経験があったからです。私の家は、田舎の家族経営の小さい食料品店を営んでいて、小学生の頃は店の手伝いをしていました。足の不自由なおじさんの家にタバコを届けたり、買い物が苦手な人を手伝ったり、目の不自由な按摩師さんが来るときは行き帰りを見守ったりしていました。福祉はこうだから、障害を持っている人はこうだからという勉強をしたわけではないけれど、そのような環境で育ったこともあり、センターに入った当初から、目の代わりをお手伝いするんだったらできるなという思いはありました。当然、福祉をしっかりと勉強した人は必要です。幸いなことにここの職場には社会福祉士や福祉を専門に学んだ職員がいてくれますので、私は福祉という言葉に固くとらわれず、利用者と気楽に普通にしゃべっている中で、目の見えないところだけお手伝いする。このスタンスで20年やってきました。職員は支援する側・利用者は支援される側というのではなく、視覚障害当事者が自分たちで考えて自分たちで施設を運営することを、同じ立場で手伝っているということです。
視覚障害の方と一緒にしているという雰囲気は、当時から変わらないですね。最初にIT講習会をするときは、どうしたらいいか全然分からなかった。担当になったけど、そんな音の出るパソコンなんて見たこともなかったので、パソコンができる視覚障害の人を探して、その人にいろいろ教えてもらいました。最初から当事者の人に教えてもらってきた。それは今でも変わらないです。
伊東 正樹(いとう・まさき)
滋賀県立視覚障害者センター/社会福祉法人滋賀県視覚障害者福祉協会 総括主任
彦根市出身。食品メーカー、税理士事務所を経て、2000年に滋賀県立視覚障害者センターに入職。点字図書館のOA化、視覚障害者のIT利用促進、デジタル録音図書の製作等を担当後、現在は相談支援、同行援護従業者(ガイドヘルパー)の養成、災害時の障害者支援等に従事。
滋賀県立視覚者センターのHP
編集後記
視覚障害の人を「支援」しているという感覚ではなく、目の代わりになって一緒に活動を進めていく、その手伝いをしている、とお話しされていたのが印象的でした。社会の中には、いろんな分野で情報を必要としている人がたくさんいます。その中で、視覚障害の人に必要な情報を伝えたり、便利な機能について学べる場をつくったりすることは、特別「福祉的」なことではないのかもしれません。普通に気楽に話せる関係の中で、利用者さん一人一人がしたいことや知りたいことを聞き、そのニーズに応えるために当事者の方にいろいろ教えてもらう。それは、逆説的かもしれませんが、糸賀一雄氏の福祉の思想に共通していることでもあります。「人は単独で育っていくのではなく、人と人との『関係』が育ち、そして人が育つ」と糸賀氏は語っています。伊東さんと当事者の方々の互いに支え合う関係が、センターの発展し続ける活動につながっているのだと感じました。
(聞き手 佐倉・石田)