坂本彩(さかもと・あや)さん
[彩社会福祉士事務所]

坂本彩(さかもと・あや)さんは、大学卒業後、社会福祉法人しが夢翔会で主に知的障害のある方の支援を20年間されていました。2015年に退職され、2017年に彩社会福祉士事務所を設立。福祉施設のアドバイザーや研修講師、成年後見人の受任などをされている他、龍谷大学社会学部の非常勤講師もされています。独立に至った経緯や「今はまだ社会に存在しないけれども、大切なこと」についてお話を伺いました。
(令和元年6月6日 龍谷大学にて)

なぜ独立という道を選ばれたのですか?

独立するために退職したわけではなくて、体調を崩して退職しました。
ちょうど自分が体調を崩して休職しているころに、私とあまり歳の離れていない友達が末期がんであることがわかりました。彼女は独身で、ご両親は遠くに住んでおられて、看取りができる状況ではありませんでした。周りの友達がSNSを使って、自然発生的に看取りのグループができていきました。彼女自身が、人と人を繋ぐのがすごく好きで、お金になるとかならないとかまったく関係なく、人と人を繋いで、人と一緒に生きてきた人でした。彼女は最期、ホスピスに入りましたが、彼女の病室の前にお見舞いの列ができるくらいたくさんの人が彼女に会いに来ました。痛かったり、辛かったりしたと思います。でも、彼女は、「私は幸せやわ~。」「幸せ~。」と何度も言って旅立っていきました。その姿を見て、「今の私は、あんなふうに“幸せや~”と思って死ねへんな。」と感じました。ほんとうにお金にならないことばっかりしていた人だったので(笑)、人生お金じゃないなって、体感させてもらいました。その影響が大きくて、自分のやりたいことをとことんやって、最期、目を閉じられたらええなと思いました。
それで、体調が回復してきて次に何をしようかと考えた時、これまでとは違う生き方をしてみたくて。相談支援専門員としていろいろな人の相談にのってきて、「こういうことが必要」というのが見えてくるじゃないですか、でも、年齢的にも組織の一員としてしなければならないことも増えてきていて……。それはそれで大切な仕事なのですが、相談者一人一人と丁寧に関われなくなってきて、せっかく気がついたことを実践につなげられないジレンマを感じるようになっていたので、組織の中で働いたらまた同じになるかなと思ったんです。
また、健康になりたくて、生活習慣の改善をきっかけに薬膳に興味を持ち、漢方スクールに通って資格を取得しました。そんなつながりの中で福祉関係者ではない友達がすごく増えました。その人たちから「あなたは、どんな活動をしているの?」と聞かれたときに「障害福祉に携わる仕事で、主に対応しているのは知的障害の人です」と言ったら「知的障害って、どんな障害?」と聞かれて……。その前提を知っている人間関係の中にずっといたので、説明ができませんでした。全く知らない人に知的障害を説明しようとした時に、できない自分に気が付いたんです。そのときに、これって結局、「障害のある人も社会の一員だ。ノーマライゼーションだ。」と言っている私たちが説明すらできないぐらい、一般の人と障害福祉の人の間に距離があるんだということに気付き、その事実にびっくりしました。障害福祉の世界があって、そこから手を伸ばして交流する感覚でしかなくて、このままでは中に入れない、社会の一員になれないと思って、もっと違うアプローチで日常の中で一緒にいることはできないかと考えました。そういう意味でも福祉関係の組織に所属しない道を考えたかった。
私はずっと雇用された人生を送ってきて、私の周りも雇用されて生きている人ばかりでした。そうではない生き方をしている人にたくさん出会うことを通して、「組織に属さなくても、生きていけるんだ」と知りました。将来、成年後見人をしたいと思い、滋賀県社会福祉士会の成年後見人養成研修を受けました。その中で独立型社会福祉士という生き方をしている人がいることを知りました。そのほとんどは成年後見人を受任されているのですが、独立型社会福祉士は他に何ができるんだろうと、いろいろ調べたら「要するに、何をやってもいいよね」ということに気が付いたんです。人の幸せに繋がることは何をしてもいいのがソーシャルワーカーだということに気が付いて、この看板を持って、今まで自分がしたいと思ってもできなかったこと、組織ではできない制度の隙間にあることをやっていきたいと思い、独立しました。


彩社会福祉士事務所の看板

独立したことによる不安はありますか?

お金の不安が一番大きかったです。身分保障や社会保険をどうするかという不安もありました。勢いで起業したのではなく、綿密に本を読んで計算をして、税理士さんにも相談にのってもらいました。収入は雇用されていた時よりもずいぶん減りましたが、今はすごく楽しくて、自分のやりたいことだけをしているので満足です。
「今はまだ社会に存在しないけれども、大切なこと」をテーマに活動していますが、存在していないということは、社会システムに組み込まれておらず、金銭的対価を生まないので、組織は手を出せないんですよね。企業であれば投資をして、仕事に変えていくということをするのでしょうけれども、福祉業界は投資のためのお金を蓄えていません。しかも、事業収入は基本的に制度で報酬単価が決まっているので、自分たちがどんなに「この仕事がいい」と言って投資をしたところで、制度に乗っからなかったら収入にはなりません。今はまだ存在しないけれども、この仕事が必要だと思うことは、独立したらできるなと思っていますが、お金をどう生み出すかという問題は、その都度、いろいろ考えないといけないとは思います。

「学びあいの空間づくり」とは?

私の弟はイタリアンレストランのオーナーシェフです。まだお店がオープンする前の準備期間中に、「障害のある人のお仕事体験みたいなものを企画したい。ちょっと協力してほしい」と私が弟に協力依頼したのが始まりでした。私が独立する前のことで、そのときは「学びあいの空間づくり」ということは全く意識していませんでした。場所を借りて、障害のある方と関係者に参加していただき、「サービスマン体験講座」を実施しました。“ホンモノ”にこだわり、お料理の材料も全部オーガニックの野菜や朝一番に市場で仕入れた魚などの“ホンモノ”を使い、スーツを着てサービスマンの仕事をして……、本人さんたちも非常に喜んでくれました。
最初は、「私や弟が、障害のある方に仕事の経験を提供している」と思っていたけれども、教えることを通して私達も勉強になることに気が付きました。弟は店を始めて、自分がオーナーシェフになって、人材育成で悩むこともありました。その弟が、“障害のある人に仕事を教える側が、逆に得るものが大きいから”と、「また体験講座をしたい」と言ってきました。弟のレストランで、もっと本格的なコースで、制服も本物を借りてしようということで、障害のある方とレストランのスタッフの合同研修を、「学びあいの空間づくり」1回目として行いました。指導を担当したレストランのスタッフの方たちは「どうやったら伝わるのかな。この言い方のほうが伝わりやすいかな。といろいろ考えて普段のサービスを見つめなおすきっかけになって、改めてお客さんと向き合いたいと思った。」「教えるって難しいと思うし、教えることを通して、自分の仕事を振り返る機会になったと思う。」と感想を言われました。2回目のときは、「来月、新人が入るから」と弟に催促されて開催しました(笑)。
私たちは、“障害のある方は助けられる側”という感覚が強いと思います。自分が相手を助けるということがあまりない中で、自分たちの存在が人の勉強になっていて、成長につながっているという経験は言葉だけでは伝わりません。自分の気持ちを言葉で表すことが少し苦手な方もいます。「学びあいの空間」で、言葉で感想を聞いたら「良かったです」や「楽しかったです」になってしまう。でも、彼らはもっといろいろなことを感じています。「学びあい」とは、同じ空間に存在すること、そこで体感することなのだと思います。

坂本さんが取り組んでいる「学びあいの空間づくり」

当事者とともに講演する意味とは?

知的障害のある横川さんとよく一緒に講演をしますが、私一人で話すのとは受講者への伝わり方が全く違うんですよね。横川さんは、糸賀一雄先生と一緒に近江学園で生活されていました。22歳で近江学園を退園され、48歳まで農家さんで住込みをされ、その後、入所施設に入り、何年かしてグループホームに引っ越し、さらに何年かして一人暮らしをされました。先日、横川さんの話を聞いて、統合失調症の当事者の方が、「一人暮らしに不安があったけれども、横川さんみたいにたくましく、ああやって生きていく人もいるんだ。」とすごく感銘を受けていました。お互いに響き合いが起こった。できる限り、当事者の人と一緒にそういう空間づくりをしていきたいと思っています。
糸賀一雄先生が著書「福祉の思想」に書かれていた“知的発達が3歳で止まっているように見える人も、無限に豊かに人生が広がっていく生き方がある”ということを、「横川さんは、無限に豊かに広がっている69歳の方です」と紹介することで、わかってもらえる。私は横川さんの近江学園時代の職員さんの顔も知らない。でも、「裏切らない、時間をかけて丁寧に、緩やかに支援する」ということを、あの時代にいた近江学園の職員さんもきっとそうされていて、それが脈々と私たちに受け継がれてきていると思います。
本人は当事者としての体験や思いを伝えられる。それは私たちには絶対言えないことです。私たちの役割は、それを理論付けて話をするところにあるのかなと思います。そこがセットで、初めて伝わることがあり、その役割は、お互いにどちらも担えないんですよね。

横川さんとの講演の様子

薬膳と福祉はつながっている?

障害のある人もない人も、子供も高齢者も、大半の人は毎日なにか食べます。薬膳は薬のご飯を食べるみたいなイメージがあるけれども、違います。コンビニでお弁当を選ぶにしても、自分の今日の体の具合を意識して「今日は暑いから体の熱を冷ますキュウリの入ったお弁当にしよう」と考えることも薬膳です。食べるということを軸に、生活を改善していくと、例えば頭痛の時に鎮痛剤を飲むとかが減るかなと思います。私は頭痛もちで子供の頃からバファリンを飲んでいたのですが、最近はずいぶん減りました。
漢方では、「人間は、自然の中の1つです」ということを習います。そこを無視したら絶対うまくいきません。今の社会は、そこを無視しすぎるというか、人間が手を加えて環境を変えられると思っているように感じます。エアコン1つにしても、暑い、寒いという環境を人工的に変えてしまいます。結局、それで冷えて体調を崩すこともある。
誰もが「社会の中の一人」ということは、「自然の中の一人」ということと繋がるところがあると思います。最近、何もかも福祉サービスだけで解決しようとする風潮もあるのかなと気になっていて。それが人と人のつながりを切ってしまう場面もあるようにも思えて。例えば、私の知り合いの電動車いすの方は、外出の際、”あえて移動支援のヘルパーを使わない”と言われます。なぜかと聞いたら、「一人で買い物に行ったら、周りの知らないお客さんが高いところにある商品を取ってくれたり、駅員さんもよく話しかけてくれるので仲良くなれる。でも、ヘルパーさんが一緒にいたら、誰も手伝ってくれない。」と言われました。聞いてハッとしました。障害のある人が社会の一員として生きるためにはじまった福祉サービスが、使い方によっては、社会の一員ではなくしてしまうこともあるんだと。
「社会の中の一人」「自然の中の一人」と考えた時、無理に環境を変えるのではなく、環境と息を合わせて生きることが大切だなと思います。いつもなんだか体がだるい人も、もしかしたら、「夜は、ゆっくり過ごそう。」とか、そういう自然に則した暮らしをするだけで解決することもあるのではないかと思っています。

ナツメとリンゴのくずとじ(左)・お弁当(右)

今後どのような活動をしていきたいですか?

1つは、ヘルパー事業所と連携するなどして、発達障害のある人が自分で楽しんで家事ができるようにアドバイスする仕組みを作りたいです。家事の新しいとらえ方を発信したい。家事のなかにある、「自分の暮らしを自分で作り、生きる力がムクムク出てくる」点に注目したいです。
もう1つはフリーのソーシャルワーカーの共同オフィスを持ちたいと思っています。高齢、児童、障害など、様々な分野のフリーで動くソーシャルワーカーたちが知恵を寄せ合って働けるような場所を作りたいです。そして、その同じ建物に障害のある人、ない人、誰でも気軽に寄ってくるような場所を作りたいと思っています。私が注目しているのが、東京で1階専門の建築デザイナーをされている田中元子さんです。彼女は工場をリノベーションした「喫茶ランドリー」という場所を作られました。喫茶店があって、その奥に大型のコインランドリーと大きいテーブルが1台あり、みんなで自由に使えるミシンも置いてあります。洗濯のついでにお茶を飲んでいる人もいれば、大きいテーブルでワークショップをしたり、ミシンを使ってみんなで袋を作ったりと、人がどんどん集うようになりました。そんな場所を作りたい。洗濯が終わるまで喫茶店でコーヒーを飲んで、「うちの子な、最近、学校へ行ってへんねん」みたいなことを気軽に話しながらいっしょに悩める、そういう場を作りたいなと思っています。

働く若い人たちへ

自分で決めて、自分で実践していくということは大事にしてほしいです。大学で授業をしているので、学生さんと関わりがあります。彼ら彼女らは、「言われたことは必ず守らないといけない」と思っているような気がします。私は後輩を育成する時も、私の言うことを聞く人間や、使える人間にしようとは思いませんでした。本人が、「自分がしたい実践」というのを見つけて、自由に自分で実践をして、その成果を失敗も上手くいったことも自分で受け止めて、次に繋がることをつくっていける人間になってほしいと思ってきました。
障害のある人、一人一人の自己選択、自己決定、主体性を大事にするのであれば、働く人間の自己選択、自己決定、主体性も大事にできないと、どっちかだけ大事にしますなんてことはあり得ないので。
言うことをきかなあかんとか、我慢しなあかんなんて思わなくていい。目の前の人と一緒に思う存分に楽しんで実践したからこそ次が見えてきます。もしかしたら、今の場所では、その「次」ということは、できないと思うかもしれない。そういう時は、独立するなり、何か新しいことを模索する可能性はあると思います。だけど、今ある環境の中で「精一杯したけどこれ以上はどうやったってできない」というところまではやらないと、「次」は見えないと思うし、「次」をやるための力も蓄えられないと思います。どこで働くことになっても、とことんやり尽くし、我慢はせずに、そこで見つけたことをやっていってくれたらなと思います。

プロフィール

坂本 彩(さかもと・あや)

彩社会福祉士事務所 代表

1995年龍谷大学社会学部社会福祉学科卒業。(福)しが夢翔会に就職。主に知的障害のある方の支援に20年間従事。2014年龍谷大学大学院修士課程修了。自身の体調不良をきっかけに薬膳に興味を持ち学び始め、漢方養生指導士と薬膳アドバイザーの資格を取得。(日本漢方養生学協会)

 

彩社会福祉士事務所ホームページ
彩社会福祉士事務所Facebook
坂本彩さんおすすめブログ「あじあの薬膳おばんざい 藍布(らんぷ)」

 

編集後記

彩社会福祉士事務所のホームページを開いてみると、イタリアンレストランでの「学びあいの空間づくり」や他にも工夫を凝らして対応された相談のお話など、面白い取り組みがたくさん紹介されています。実際坂本さんにお会いしてみると、確かに自分が必要だと感じたこと、制度化されていないからこそ組織ではやりにくいことを、自由に仕事にされているけれども、それは綿密に計画された自由であることに気付かされました。「独立したい」ではなく「独立しかない」という方が近い、そういうところでの決断であったことを知りました。金銭的な不安もある中で、それに勝る「自分がやりたいことをとことんやる」幸せが、坂本さんを突き動かしているのだと感じました。
また、福祉を、家事や食といった人間の生活の中に位置づけるアプローチは、分断された福祉の世界と一般社会をつなぐ重要な意味を持つものだと思いました。主体性を持ち、豊かな人生を送るということは、福祉業界や障害の有無を越えて、現代社会が必要としていることのように思います。「ひとりももれなく、人間としてうまれてきた生きがいを豊かに感じられるような世の中をつくらねばならない」という糸賀思想を受け継ぐ坂本さんの取り組みに、勇気をいただきました。

(聞き手 佐倉・石田)